第七幕:用心棒(三)

「お前たちは……お前たちは、いったいなんなんだ……」


 クーラは床に腰をおろし、2人の少女を睨んでいる。

 それは果てしなくしまらない。

 かたや立派な鎧を着こんだ大の男が、呼吸を乱して疲れ果て座りこんでいる。

 かたや華奢な少女たちが、大して呼吸も乱さずしゃんと立っている。

 同じ敵を倒したというのに、その差は歴然としていた。


「炎を放った細い剣は、魔剣であろう。それに防具まで魔具だ。その喋る猫も……そんな知能の高い魔物を扱うなど見たことがない。しかも、どこから呼びだした? 森林冒険者フォレストになったばかりの者たちがもっている物とは、とても思えん……」


 彼らの横に立っていたタウは、その言葉に肯いた。

 タウたちがギリギリで倒した魔物を彼女たちは、2人でしれっと倒してしまった。

 もちろん、2人のチームワークのすばらしさもある。戦う前は言い合いばかりしていたが、戦い始めたとたんに以心伝心でもしているかのごとく息が合っていた。

 ともかくこの2人は、タウの求める強さに達している。


「2人の実力、万能冒険者オールラウンドランク。能力職ジョブのレベル、知りたい。教えて欲しい」


 我慢できず、タウは会話に割りこんだ。

 治療や休憩をするメンバーの注目が2人に集まる。


 レベル80相当の敵を余裕で倒す2人ならば、少なくともレベル90以上。聖典騎士団オラクル・ローレならば国内最強の英雄騎士団ヴァロレのメンバーということになる。


「いや、まちがいなく我々は森林冒険者フォレストだし、そもそも私は資格的には準騎士リロルだ」


「あたしは、魔術士マジルレベル25よ」


「――なっ!?」

「はぁ!?」

「ピョンッ!?」

「なにぃっ!?」

「えっ!?」


 突拍子もない話に、全員が揃って変な声をもらした。

 まさかのことに、タウも言葉を失う。てっきり2人は、見た目は若いけど実は長寿の種族で、「有名な冒険者」とか「冒険者にならなかった高レベル者」だと思っていたのだ。いや、そうであって欲しいと願っていたのだ。

 しかし実際は、レベルだけで言えば、この場にいる誰よりも低いことになる。


「どういうことなのだ? そのレベルでその強さは?」


 ファイと一度だけ目を合わせたクシィが、少し困った顔を見せる。


「まあ、ほら。そこのウサギの人も、『レベルやランクがすべてではないピョピョーン』って言ってたでしょ?」


「私、ピョピョーンは最後につけていないと思うのですが……。いや、まあ、それはともかくとして、レベルと実力との差異が違うのにも限度がありませんか?」


「限度……か。その考え方自体、強さの枷となるのだと私は教わりました」


 ファイが腕をかるく組み、黙考しながら話す。


「レベルやランクなど見ていても仕方がない。強くなるために見すえているモノが違うのではないかと」


「な、ならば教えて欲しい」


 タウは2人の前に進みでて真摯に見つめる。


「なにを見すえれば、強くなれるのだ?」


「私ごときがそれを人に教えられるとは思っていないが……それは人それぞれではないでしょうか。守りたい人だったり、心残りだったり、世界だったり……」


「それだけなのか!? それだけでそこまで強くなったのかよ!?」


 横からアンが割りこんできた。

 その口調も、強さに対する執着も、タウが知っている昔のアンとはまったく違う。

 確かに強さを求めてはいたが、ここまで貪欲ではなかったはずだ。

 降神者エボケーターになったとたん、彼女は変わってしまったのだ。


「そこまで……そこまで強くなれば、邪魔する者はほぼいない! あとは場所さえ選べば負けない……負けない人生が……」


「なに言ってんの、あんた。それ負けてるじゃない」


 クシィが鼻で嗤う。

 黒い双眼は、明らかにアンを見下している。

 その貫禄は、タウから見ても年下に見えない。


「場所を選べば? バカでしょ、あなた。そこに自分より強いのが来たら結局は負けるじゃない。あんた、強さと戦うつもりがないでしょ? 弱さと向きあうつもりもないでしょ?」


「な、なにを……」


「負けから逃げてどうするの? 負けたら終わりだと思ってる? 違うわよ。終わったと思った時、終わり――最後の負けなの。生きているなら、まだ最後の負けではないわ」


「え、偉そうに……。取り返しのつかない負けだってあるんだ!」


「ええ、そうね。ええ、そう。あたしが……あたしがもっと強ければ……あたしをかばわず、お父様は死ななかったかもしれない」


「……えっ?」


 クシィが少しだけ、その目を伏せる。

 だが、それは一瞬だった。彼女の瞳は、すぐに輝きをとり戻す。


「それは、あたしが負けたということ。あたしが弱かったから、取り返しがつかない負けを味わった」


「だ、だから、そんな目に遭わないように、なるべく強くなって、自分より強いのは逆らわずさけて……」


「だからぁ~、そこがちょっと違うってば。そんな目に遭ったとき、二度と負けないように強くなるのよ」


 クシィの意志に、ファイが言葉を続ける。


「そう。負けは負けだ。でも、それを認めて次は勝てばいい」


「辛い思いをして……また同じように戦いを挑むなんて……そんなに……そんなに強くなれるかよ……」


「貴殿は、強くなりたいのではないのか?」


「え?」


「私の考える強さとは、に折れない、呑まれない、負けないこと」


「そして、に折れない、呑まれない、負けないこと」


 今度は、クシィが言葉を続けた。

 そして2人は、一瞥を合わせると同時に口を開く。


「「強さとは、乗り越える力!」」


「――!!」


 アンが2人の言葉にたじろぐ。

 いや、彼女だけではなかった。

 タウ自身も、たじろいでいた。

 その言葉は、まさにタウがぶつかっている問題をそのまま表していたからだ。

 今より強くなるために、彼女が怖くて逃げていることがある。確かにそれを乗り越えれば新たな強さを手にいれられる。

 しかし、彼女は怖かったのだ。

 乗り越えられない時が、自らの力に呑まれてしまうことが。


「そういう意味で、ウィロー殿は強いと思ったのだ」


「そうね。弱いけど、それを認めてがんばっていたものね」


 2人の美少女に褒められたウィローが、驚くほど赤面する。

 とたん、彼の折れた腕を治療していたトゥが少しふくれる。


「オ、オレはその弱くて……足掻いて……いじけもしてたし……そんな……」


「それは誰しもあることでしょう。それに我々も弱い」


「そうそう。本当に強い奴って、とんでもないのよ。それを知っちゃうと、強さにこだわるのも、弱さにいじけるのもバカらしくなるわ」


 そう言うと、2人はふりむいて背後に立つ人物を見やった。

 ある意味、この場でもっともレベルが低く、もっとも強いであろう男。

 彼は腕を組み、ずっと黙していたが、全員の視線が集まるとおもむろに開口する。


「――ったく。50点だ」


 守和斗から突然された採点に、ファイとクシィが顔を強ばらせる。


「さっきの戦い方、100点満点中、50点。2人とも不合格」


「えーっ! なんでよ! けっこうがんばったじゃない!」


「私もわりとうまく戦えたと思うぞ!」


「クシィは、まだミネケ・プスに頼りすぎる。頼らないように、もっと敵の動きを注視しながら呪文を唱えて。あと、中規模ミュール呪文の詠唱が遅い」


 その叱咤を後ろで聞いていた聖典騎士団オラクル・ローレ魔術士マジルが、悲鳴に近い声で「遅いどころか異常な速さだった!」と叫ぶ。

 だが、それは無視されて守和斗の小言は続く。


「最終的には、大規模ラムリ呪文まで無詠唱にする目標に届かないよ。もっと集中して」


「うっ……はい……」


「それからファイも、防具に頼りすぎる。あと、あのぐらい緋鷹あけたかに頼らず、斬れるようにならないと。ファイは集中力はすごいのだから、できるはずだろ」


「す、すまん……」


「ただ、そこまではまだいい。一番よくないのは……」


 そう言うと、守和斗がこの部屋の出口の方に歩きだした。

 全員、彼がなにをするのかわからないでいる中、テラだけが慌てて声をかける。


「ピョン!? スワトくん、そっちにはまだ――」


「そう。まだ――」


 天井に残っていた、もうひとつの法術円が赤い光を放ちだす。


「――法術円が残っている。3つあるんだから、3匹でてくるのは当然でしょ?」


 その言葉に沿うように、大木のような体をもち、甲殻類のような足をもつ魔物が中空から落下してくる。

 そして、固い轟音を立てながら着地。


「ピョピョン! スワトくん、逃げて! みんなも通路までさがって!」


 テラの言葉で、呆気にとられていたタウも慌てて動きだした。

 目の前に横たわっていたウィローに手を伸ばす。

 怪我人は多数いて、タウだけでなくテラさえも疲労困憊である。

 ファイとクシィも、戦ってあれだけの大技をだしたばかりだ。

 さらに恐ろしいことに、魔物のサイズは先ほどの2体よりもわずかながら大きい。

 このまますぐに戦ったら、まずまちがいなく全滅である。


「ふ、不覚だ。もう1匹いたのか……」


「い、いやね、守和斗。あ、あたし……気がついていたわよ」


「嘘をつけ! 貴様、さっき『終わった』と互いに確認したではないか!」


 急いで逃げなくてはいけない。

 それなのに、ファイとクシィは逃げずに言い合いを始めている。

 さらに守和斗に関しては、魔物に背を向けたまま、その場から動いていない。


「――ったく。俺は2人に『全部倒せ』と言ったでしょ。テラさんのように、もっと観察をきちんとしなさい」


 しかも、振りむこうともしない。まるで魔物などいないかのように、両手を腰にあてて2人を叱っている。

 2人もそれをまるで当たり前のように、その場で緊張感なく立って聞いていた。


「なにしてる! 早く逃げろ!」


 タウは思わず叫ぶ。

 だが、すでに間にあわない。

 魔物の枝が、守和斗を横から弾きとばす。


「――えっ?」


 弾きとばす……と思った。


 いや、確かに弾き飛んだ。


 ただし、逆だった。

 守和斗を叩こうとした、魔物の枝の鞭がすごい勢いで跳ね返され、その反射の勢いに堪えきれず千切れ飛んでいったのである。

 奇妙な悲鳴をあげた魔物は、かまわず何度も何度も、枝を振る。

 しかし、守和斗の周りに見えない壁でもあるように、枝は次々と弾け飛んでいく。

 そして、守和斗にこれといった動きは見えない。彼はただ、普通に立って話を続ける。


「いいかい、ファイ。装気術アウラエンハンスの【刀氣アウブレト】よりも純粋にアウラを使って斬るには、タメと初速が必要だ」


「ふむふむ」


 ファイも慣れているのか、その状態を普通に受け入れている。


「そうだな……。ちょうどデコピンに近い」


 そう言うと、やっと守和斗は後ろを振りむいた。

 おもむろに右手を眼前まで引きあげ、中指を曲げて親指にひっかける。


「構えでグッと気を集中し、ためこむ」


 とたん、信じられないほどのアウラが守和斗の中指の先端に集中した。


「そして、それを勢いよく……放つ!」


 親指のロックが外れた……と思った瞬間、中指が目にもとまらぬ速度で上の方までまっすぐのびる。

 同時に、魔物の下から上にアウラのラインが走る。


 ――切断。


 魔物の巨体が、きれいに縦に斬られ左右に展開されたのだ。


「…………」


 その場が、しんと静まりかえる。

 タウもテラもその他のメンバーも、魔物の体が黒い霞になるまで誰もが口を開けない。

 そして、霞から魔種子マシがコロコロと床に落ちた瞬間に、全員がほぼ同時に口を開く。



「一撃で倒したあああぁぁぁぁ!?」



 それはほぼ悲鳴に近かった。

 助かってよかったとか、強さに感動したとか、そんな感情さえ吹き飛んでいた。

 全員がただただ、目の前で起きたことに対して純粋に驚いていたのだ。


 否。普通にしている者が、3人だけいた。

 当事者と、その連れの美少女2人だ。


「きれいに真っ二つになったわね」


「なるほど! こうやるのか」


「――やれねーよ!」


 タウの右横で、アンが思わずファイにつっこんだ。

 左横では、テラが大きな大きなため息をつく。


「……ピョン。降神者エボケーターの友人に習った『デコピン』は、極めるとここまでいくのですね……」


「無理だと思う、テラ先輩……」


 つい、タウもテラへつっこんでしまう。

 というか、他に言う言葉が見つからない。


「どうだった、2人とも?」


 真っ黒なマントをたなびかせながら、クシィがタウとアンの前に立った。

 そして幼さを感じさせるように、年相応の笑い顔を見せる。


「いろいろとバカらしくなったでしょ?」


 タウは思わず、アンを見る。

 彼女もこちらを見ていて、目と目が合う。


「確かに……」


「そうだな……」


 そして2人は、自然に笑いだしてしまうのであった。

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