第八幕:強者(三)

「本当にこのまま見捨てるおつもりなのですか?」


 アンはクーラに詰めよる。


 最初にクーラからアンが聞いていた作戦はこうだった。

 まず、【ラフマス】という回復魔法の光球を途中で見つけた生食亡者リゾビアの群れに投げこむ。

 回復効果は生命力でもあるため、生食亡者リゾビアたちはそれを追ってくる。

 そして、そのままウィローたちのパーティーまで誘導し、ラフマスを消滅させれば生食亡者リゾビアはウィローたちを襲いだす。


 生食亡者リゾビア魔術士マジルの火魔術か、魔法師マギタの浄化魔法でしか斃すことができない。

 だが召喚された魔物と違い、生食亡者リゾビアは実際の肉体がある。それが燃えると、吐き気をもよおす、とてつもない悪臭が迷宮シードの中に満ちてしまう。そのため火魔術は使わない。

 燃やすのを避けるとなると、あとウィローのパーティーでまともに生食亡者リゾビアを斃すことができるのは、魔法師マギタのトゥだけだろう。


 当然、彼らは苦戦する。そこをアンたちが助けることで恩を売って、自分たちが先に進む。彼らを足止めさせて、天下の騎士団ローレが抜け駆けをしたようなイメージをもたせないためであった。ラフマスのことを疑われるかもしれないが、そんなのは証拠もない。いくらでもごまかせる。


 もちろん、彼らの後ろから走り抜いて先に行くこともできるが、守護魔物ガルマがいる付近には危険な罠があることが多い。できることなら慎重に進みたい。


 しかし、ここにきてクーラは、ウィローパーティーを助けず、魔力子房マッシブを取りに行くと言いだしたのだ。

 そして今、アンたちは姿をくらます魔法マギアで、部屋の隅に寄っていたウィローたちとは逆側を通過したところだった。


「別に助けないとは言っていないさ。順番を変えるだけだ。魔力子房マッシブをとってから彼らを助ける」


「で、でも……」


「これは確実なチャンスだ。生食亡者リゾビアだけでは、下手すると彼らに倒されてしまう。だから、早めに助けに入って恩を売ろうと考えた。しかし、彼らはすでに戦闘中で苦戦している。その上に生食亡者リゾビアをけしかけたから、時間は十分に稼げるだろう。おかげで、ゆっくりと魔力子房マッシブを取りに行くことができる。その後に助ければいい」


「でも、その前に彼らが魔物にやられていたら……」


 自分で「やられていたら」と仮定で話しながらも、アンはそれが仮定ではなくほぼだということはわかっている。あれだけの敵を退ける力は、ウィローたちにないはずだ。いくら強いタウがいたとしても、闘士トール生食亡者リゾビアは相性が悪い。スワトという未知の存在もいるが、やはり魔法師マギタではないと生食亡者リゾビアを倒すことは難しい。


「彼らがやられるか……それはそれで面倒がなくていいではないか」


「えっ……」


 国民を守る聖典騎士団オラクル・ローレとは思えない言葉に、アンはブルッと身じろぐ。


「そ、それはいくらなんでも……」


「馬鹿者! 庶民ならまだしも、彼らは冒険者だ。冒険者はどんな状態でも自分の身を守れなければならない。それができないのは自己責任だ」


「…………」


「やられていたら、それは彼らが弱いのがいけない。そういうことだろう、違うか?」


「ち……違いません」


 アンはうなだれる。

 強さが絶対。強い者は弱い者を蹂躙できる。けっきょく信じられるのは強さ。

 それは、アンが見いだした真理のはずだ。

 そしてこの世界は、その真理がリアル世界よりも如実に現れる。強くなければ生き残れない。


(そうだ。あいつらが弱いのがいけない。だから、強い者に食い物にされる……なんだ、正しいじゃないか)


 このパーティーは、騎士ロールが5人に、騎士団ローレと専属契約している魔法師マギタ魔術士マジルが1名ずついる。はっきり言って、ダンタリオンに挑戦しているパーティーの中では戦力的にまちがいなくトップであろう。

 それに比べて、ウィローたちは底辺だ。彼らがアンたちに踏み台にされるのは当たり前なのである。



――本当に?



 しかし、今のアンには声が聞こえている。それは心の奥底から響いている。別の自分が、「そうではない」「いけない」「助けて」と悲痛に訴えている。

 その声が、自分の気のせいなのかどうかわからない。

 しかし、あのスワトとかいう男の話を聞いてから、自分の中に誰かいる気がして仕方がなかったのだ。しかも宝物庫迷宮ドレッドノートにはいって、ウィローたちのあとをつけ始めてから、その声はどんどんと強くなっていった。


「おい! あったぞ!」


 思考の渦に、パーティーメンバーの声が割ってはいる。

 ウィローパーティーが戦っている部屋から続く真っ直ぐと伸びた廊下。

 その先にあった小部屋にアンたちも到着した。

 そして突き当たりに見えるのは、人の頭ほどある燃え盛る炎のような模様の浮かぶ、楕円型の宝石。それは壁面へ縦方向に埋めこまれ、鼓動するように光を明滅させている。


「よし。これで任務完了だ。みんな中を見張っていろ!」


 全員が部屋の中に入り、周囲を警戒する。

 その中心をクーラが進み、魔力子房マッシブに向かう。

 そして、その手が魔力子房マッシブに触れた。



――ダンッ!



 それは一瞬のことだった。


 誰も対応などできなかった。


 全員が一斉に姿勢を崩す。


 足場が一瞬で消え失せている。


 そして代わりに現れたのは深い闇。


 各層が1箇所でしか繋がっていないはずの宝物庫迷宮ドレッドノートで、こんな罠など今まで聞いたことがない。


 それは、まさかの落とし穴・・・・

 どこまで続くのかわからない闇に全員が打つ手もなく呑まれていく。



――あんたが信じた力ってのは、こんな細い木の枝さえ切れないものなんだよ。



 なぜかあの守和斗の言葉が蘇る。


(ああ、そうか。こんなもんなのか……)


 どんなに強い力をもっていても、こんな簡単に瓦解する。

 闇に向かって落ちながら、アンは力の無力さ・・・・・を噛みしめていたのだった。

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