第七幕:師匠(七)

「待て。【白虎baegho】……」


 2人にはよくわからない発音の名前で呼ばれた魔獣は、大人しくラクティスの指示に従って、その場で留まった。

 もちろん助かったとは思わないが、なぜと2人は見上げる。


「どうだ、バーカ者ども。命乞いしてみたくなったろ?」


 ケタケタと嗤いながらラクティスが言う。


「死にたくないだろう? たとえ価値のない命でも、そのまま死んだら無駄死にだからな」


 ラクティスの言葉に、二人はグッと息を呑む。

 そうだ。

 まさに無駄死になのだ。


 殺された村人たちの仇も取れない。

 なんと助かって欲しかった、少年【カリム】もたぶん手遅れ。

 逃がしたはずの村人たちとカリムの妹も、副管理官たちに殺されただろう。

 肝心のセレナも、助けることはできなかった。

 そしてダメ押しとばかり、今こうして自分たちの命も風前の灯火となった。


 ふと2人は、守和斗の言葉を思いだす。



――けっきょく、誰一人助けられないどころか、自分たちも死んで終わりです。



 まさに予言のように、その通りの結果を迎えようとしている。


 ああ、空しく悲しい。


 自分たちの死は受け入れよう。

 しかし、それは誰かを助けた上であって欲しい。

 このような死は何も残らないどころか、先に亡くなった父親の死さえも無駄にすることになるのではないか、期待を裏切ることになってしまうのではないか。

 なぜこうなってしまったのか。

 もやもやとした怒りが、絶望とせめぎ合う。


「命乞いするか? オレも悪魔ではないから、許してやらんこともない。……そうだなぁ~。オレの奴隷になるなら許してやろう」


 2人は顔をうつむかせる。

 姦悪な嘲笑を見せる顔など見ても苛立つだけだ。

 しかし、なにか言い返したくとも、口惜しさに相手にぶつける言葉が出ない。


「悪くない条件だろう? 雑魚ども」


 頭から被される罵詈に、体が震える。

 一方で、わずかながら心に迷いもでてしまう。

 ここは恥辱に耐え、言うとおりにしてチャンスを見るべきできないか。

 しかし、それはセレナの生き様に対して恥ずかしくないのか。

 その時の2人は、まるで同期したように同じ葛藤をくりかえしていた。


「まあ命乞いするなら、真っ裸になってもらおうか。そして這いつくばって、そうだなぁ……『何でもします。助けてください、ご主人様~』とか言えば、考えてやらないこともない」


 その醜悪な台詞を聞いた途端、はたとファイとクシィは顔を見合わせた。

 2人はやはり同時に同じ事に気がつき、それを互いに理解した。


「……どう思う?」


 ファイの問いに、クシィは苦笑する。


「そうね……。もうとっくに……気がついているはず……」


「なら、命乞いでも……してみるか……」


「どうせ、もう私たち……ご主人もちのペットだし」


「あれよりは、百倍ましだしな」


「冗談。万倍以上……いいえ、なんか比べるのも腹立たしいわ」


「ふん……同意だ」


 2人は互いにクスリと笑うと、足は崩しながらもなるべく姿勢を正して座った。

 そして神に祈るポーズ――指先だけを合わせた合掌――をして、天を仰ぐ。


「「ごめんなさい。助けてください。ご主人様!」」


 声を合わせた謝罪と命乞い。

 その言葉に、ラクティスが嗤いだす。


「ぐははは! 本当に言いやがったよ。でも、ダメだな。なんでご主人様に背を向けたままなんだーよ。それに裸になってないからア~ウ~ト~! ……【白虎baegho】、二人をく――」



「――伏せ!」



 ラクティスの言葉を遮って、すべての逆らう意志を圧するほど、重さのある言霊が発せられた。



――ズンッ!



 その言霊は、まず魔獣をひれ伏せさせた。

 轟音と共に、魔獣の頭は地面に貼りつき、四肢さえも動かせなくなる。


「――うぎゃあっ!」


 次の瞬間には、ラクティスの頭が床に貼りついた。

 その勢いで、額が割れて出血する。


「――もぎゅ!」

「――うぎゅ!」


 そしてさらに、ラクティスほど強引ではなかったが、ファイとクシィまでひれ伏せさせられる。

 2人の額は地面に貼りつくようになって、顔を上げることができない。

 その伏している頭の先に、いきなり人の気配が現れた。


「――ったく」


 見なくても、誰だかはすぐわかる。


「おい! き……貴様……」


「な、なぜ……あたしたち……まで……」


「だって、2人とも言うこと聞かなかったでしょ?」


「うぐっ……」


「ちっ……」


 突然現れたご主人様【守和斗】に、2人はそろって言い返せない。


「俺は、あれだけ言ったよね。ちゃんと2人に――」


「そ、それは……」


「――夕食ができる前には帰ってこいって」


「――って、そっちなのか!?」


「こ、この状況で怒ること、それなの!?」


 2人のツッコミに、守和斗は飄々と答える。


「もちろん、他にもあるよ。この件には関わるなと言ったのに、関わったこと」


「…………」


「…………」


「それから、『大切なことに優先順位プライオリティを付けろ』と言ったのに、それを怠ったこと」


 守和斗の言葉に、2人はピクッと体を震わす。


「クシィさんは、なんで村で少年を助けようとしたの? 助けられないことはわかっていたでしょう。見捨てて時間をかけなければ、セレナさんだけは助けられたかも知れないんだよ」


「で、でも……」


「ファイさんも牢屋に捕まっている人たちなんて、勝手に逃げてもらえば良かったんだよ。そこで時間をかけなければ、セレナさんを助けられたかもしれないのに」


「し、しかし……」


「2人はセレナさんを助けるという一番の目標を大事にしなかった。だから、中途半端にすべてに手をだし、けっきょくなにひとつ守れなかった。言ったとおりになったでしょう?」


「くっ……」


「うっ……」


 ファイもクシィも、苦痛に呻くような声をもらす。

 反論したいが反論できない。

 守和斗の言葉には、確かな重みがある。それはたぶん、「そういう経験」を多くしてきた故の言葉。

 だからこそ言っていることは正しく、まさに結果はその通りとなった。

 反論する隙などどこにもない。


(だ、だが……)


(でも……)


 ファイとクシィの中には、怒りがわいていた。

 さっきまで、それがなにに対しての怒りなのかわからないでいた。

 しかし、怒りをぶつける対象に気がついた時、一気に感情が燃えあがっていく。


 怒りは、守和斗に対してではない。

 失敗した自分自身に対してでもない。

 そして、ラクティスに対してでもなかった。

 2人の怒りをぶつける対象は、本当の敵は別にあった。


「そ、それでも私は……」


 ファイは地面についた両腕に力を入れ、腕立て伏せをするように、力尽くで抑えられた頭を持ちあげようとする。


「それでも私は……無理でも……すべてを助けたいのだ!」


 守和斗の念動力テレキネシスで押しつけられたファイの額が、わずかながら地面から浮いた。


「あ、あたしは正義なんて……語るつもりはないけど……」


 同じように、クシィも両手で上半身を持ちあげようとする。


「無理なんて認めたくないわ! あたしが気に入ったものを力尽くで奪われるなんて……冗談じゃない!」


 そして、クシィの額も地面から浮いた。


 2人の抵抗は決意。

 見えない、抗いにくい力と戦う意志。


「うん……なら、2人とも強くならないとね」


 今まで冷たい雰囲気を漂わせていた守和斗から、ふと柔らかい空気が漂った。

 そして守和斗の指がパチンとならされる。

 とたん、2人の頭がふわりと軽くなる。

 突然だったので、勢い余って後ろまでのけぞってしまう。


「おい! 貴様――」


「あんた、いきなりね――」


 文句を言おうとした2人だったが、言葉を呑みこまざるをえなかった。

 なぜなら顔を上げたところに、誰かの身体が倒れこんできたからである。

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