第五幕:師匠(五)

「ねぇ。敵が誰もいないんだけど、あんたが全部倒したの?」


 クシィの当然の質問に、ファイは走りながら答える。

 クシィの方は、それに併走するように浮遊しながら進んでいた。


「いや。最初から誰も敵がいなかった」


「……じゃあ、罠ってこと?」


「罠にしても、あからさますぎる」


「まあね。たぶん、第六の騎士たちが逃した、第八の人間――あのパイって娘を誘っている……ということかしらね」


「たかが準騎士リロル1人に、大仰なことだな……」


「確かに。……もしかしたら、あんたのことバレてんじゃないの? あんた、第八エイス英雄騎士ヴァロルの娘なんでしょう? 人質には適当じゃない」


「うむ。あの村が襲われたのだから、私が見つかった可能性が高いか」


「ってか、あんた鎧を着ているんだから、少なくとも第八の騎士ロールだとバレて当然じゃない?」


「……はっ! し、しかし、回りくどくないか?」


「それは……村はまだしも、町中だと目立つからとか? 第六が第八の人間を捕らえるなんて、一応は連合国なんだから、おおっぴらにできないでしょ?」


「だから、争わせずに罠に招いていると……。しかし、私はそういう策略より、もっとたちの悪い悪意を感じてしまう」


「……そうね。特にこの建物とか、悪意の固まりに見えるわ」


 2人は大箱の横にたどり着いた。

 目の前で見ても、異常に大きい。

 高さは、五階建ての建物ぐらいに相当する。

 幅に至っては、一辺を全力で走っても30秒はかかりそうなぐらいである。

 丈夫そうな削り出された石材で作られており、屋根の部分だけは木材で作られているようだった。


「あそこ!」


 クシィが指さした先に、木製の扉がついていた。

 はたして扉は鍵がしまっておらず、いとも簡単に開いてしまう。


 しかし、ここで躊躇している場合ではない。

 2人は、まっすぐに続く通路を走り抜ける。

 突き当りに壁がある。

 その左から光。

 2人は顔を見合わせると、その光に飛びこんだ。


「――なっ!?」


 そして、そろって息をのむ。

 目の前に広がっていたのは、光を放つ魔石により、明るく照らし出された、大箱の中の巨大な空間。

 その無機質な壁の前にいたのは、巨大な白い固まり。


「なによあれ……」


「――まさか、あれは!」


 その白い固まりが動くと、鎌首をもたげる。

 そして立ちあがる・・・・・


「魔獣【キングサーベルタイガー】……」


 それは魔獣図鑑のイラストでしか知らなかった、絶滅させたはずの伝説の生き物。

 基本は、真っ白の毛に覆われた虎。

 しかし異常なほどに大きい。4つ足状態で、身の丈が人の4倍以上ある。

 また足の先や関節、尻尾の先、背中、額などの皮膚が高質化し、まるで鎧のように覆っていた。

 そして象徴的なのは、上あごから伸びる巨大な牙。

 その牙は2人の背丈よりも大きく、口に収まらずに顎下まで伸びていた。


「ど、どうして、こんなのが管理官の屋敷に……」


 魔獣が、肉食獣らしい眼光で2人を睨んだ。

 凍るような威圧感。

 ファイもクシィも、体が震えることさえ忘れて硬直する。



――ドンッ!



 唐突に、2人が入ってきた扉に石の扉が落とされた。

 その音で体の束縛から解放されたファイは、慌てて剣を振りおろし斬撃を扉に飛ばす。

 しかし、その石の扉はビクリともしない。


「無駄だぞ、バーカ。この部屋の中は、すべて魔術で障壁が張ってあるからな!」


 突如、上の方から男の声が響いた。

 2人は同時に顔を上げる。


 声の主は、かなり高いところにいた。

 そこには大きな窪みがあり、1人の男が腕を組みながら見下ろしている。


 距離的によく見えないが、30才ぐらい細長の顔だ。

 金色の長髪をたらしながら、腕組みしながらこちらを覗きこんでいる。

 肩や胸元に飾りがついた、襟のある白い制服。

 淡い水色の刺繍がこった外套。

 それは聖典神国の各国が共通で採用している管理官達が着用する服装だった。


「貴様が、ここの領地管理官【ラクティス】か!」


「ああ~ん? ラクティス様って言わないか。第八の準騎士リロル風情が。英雄騎士ヴァロルの娘だからって生意気だな」


 ファイは侮蔑を含んだ言葉に、剣の柄を握る手に力をこめる。


「……やはり、狙いは私か」


「ああ、そうだ。本国の正騎士ラロルどもが、お前が第五の奴らに捕まったのを見ていて、それをかっさらおうとしたらしい。ドジしてこの辺りに逃げられたかも知れないから協力してくれと言われていたが……思わぬチャンスが舞いこんできたというわけだ」


「私を捕らえて、我が国を脅すつもりか!」


「当然だ。第八の英雄騎士も死んだらしいし、これで娘までいなくなるのは士気にも関わるから、第八は話に乗ってくるだろう? まあ、そういう意味では貴様を殺しても、第八にはダメージになるな」


 ラクティスは、少し鋭角的な顎を押さえながらクックッと笑った。

 きれいに切りそろえられた金髪が、声に合わせて揺れている。


「しかし、本当に助けに来るとは思わなかったから笑ったぞ。罠だってわかってて入ってきたんだろう? 第八の奴らは、本当にバーカだろ。……ってか、そっちの女はなんだ? 騎士ロールっぽくないな。……でも、かなりいいカワイイじゃねーか。こいつはいい」


 頭上で下品に嘲る男に、ファイもクシィも怒りに打ち震えていた。

 今すぐにでも、ラクティスを引きずりおろして葬り去りたい。


 だが、動けない。

 先ほどから、ずっと魔獣がこちらを睨んでいる。

 伝説級の魔獣を使役できた話など聞いたことがないが、目の前の魔獣は飼い慣らされている。もしくは、服従させられているようだ。

 下手な動きを見せれば、ラクティスの指示ですぐにでも襲ってくるだろう。


 そうなれば、生き残れる道などまずない。

 もし伝説が本当ならば、正騎士ラロルレベルの者が10人いても倒せるかどうかというレベルの強さである。

 さすがのファイも、この相手ではむやみに突っ込めなかった。今は、チャンスをうかがうしかない。


「しかし、来るのが遅かったな。せめて、もうちょっとだけ早ければ、ショーに間にあったものを」


「……どういう意味だ?」


 離れていてもわかるぐらい、ラクティスの口がつりあがる。

 嫌悪感でファイの背筋が寒くなる。


「お前達が助けに来たセレナとかいう生意気な女が、キングサーベルタイガーのエサになるショーさ」


「――なっ!?」

「――うそっ!?」


 2人の顔が、サーッと青ざめる。


「おっ? いいぞ、いいぞ。ここからでもわかるぞ、その顔! 本当にそれっぽいよな、よくできてやがる」


 ラクティスは大きく肩を揺らしながら嗤った。


「クックック。……ほら、あっちの床あたりに血だまりがあるだろう? ちょっと遠くてわかりにくいけど、なんか転がってないか? ん~……脚じゃないか、あれは。だめだな、食い残しては」


 2人はラクティスの指さす床を見た。

 確かに魔獣の体の向こうに血だまりがあり、なにかが転がっているのがうかがえた。


「それだよ、それ。あの女の残りカスだ」


「な、なんてことだ……」


「セレナ……」


 2人は、直視できず顔を背けた。

 それは一番の目的が絶たれたことを意味する。

 すなわち絶望。


 しかし、ラクティスはさらなる絶望を与える。


「それから、お前達が逃がした村人たちも、実はちゃーんと、ウチの副官が始末しに後を追ってっから」


「なっ、なんだと……」


「バーカ! あたりまえだろうが。あのまま逃がすと思ったのか? ちょっとお前ら、喜ばせてやっただけだ。しかし、脱走したということで村人は死刑。もう今ごろ、始末済みだろう。……ああ。もちろん、そのまま残りの村人も皆殺しにするように言ってある。ちなみに犯人は、第八の準騎士リロルたち。つまりおまえらな! そして、その犯罪者を俺が捕まえたということだ。労働力は減るが、重犯罪者に仕立てた方が楽しいだろう?」


 ラクティスの嗤い声に、ファイとクシィの我慢が限界に達する。


「ふざけるな、外道!」


「あんた、絶対に殺す!」


 2人が、ラクティスを指さして宣言した。

 しかし、指された方は、馬耳東風。

 どこ吹く風という顔だ。


「バーカが吼えるな。貴様らが何人死のうが大したことないし、罪にはならないんだよ。……やれやれ。貴様ら、自分の命に価値があると思ってんだろう? 思いこまされていて可哀想にな」


「なにを言っている、外道! ここに降りてこい、成敗してくれる!」


「あ~あ……なぁ~に、『その他大勢』ごときが偉そうに言ってんだか。本当に貴様らバーカに真実を話してやりたいわ」


「……真実?」


「そうそう。ルールで話せないが、知れば貴様らの命なんて価値がないって、わからせてやれるんだけどな。そしたらさ、貴様らってどんな表情を作るのかねぇ」


「いいから、世迷い言を言ってないで、早くあたしに殺されなさいよ!」


「……ちっ。なんて偉そうなキャラなんだ。魔獣を目の前にしたら、普通は命乞いだろうが。あの食べ残しになった女も、最後まで偉そうにした末路でああなんだけど? そのこと、わかっているか? もっと媚びろよ」


 ラクティスの言葉を聞いて、クシィは胸をかきむしるように服を握る。

 そして、横目でセレナの死骸らしきものをうかがう。


(……そうか。セレナは最後までがんばったのね)


 風呂でセレナから風呂場で語った言葉が蘇る。



――戦う強さはないけど、せめて気持ちだけでも強く



 きっと彼女とて「戦う強さ」も欲しかったのだろう。

 彼女の憧れである父親は、自分の正義を通すために強くなろうとした。

 強くなければ、守れないものもある。

 しかし、それができない彼女は、心だけは強くもち、そして最後まで屈しなかった。


 ならば同じように強き父に憧れる自分とて、外道に屈するわけにはいかない。

 クシィは、思いっきり相手をにらみ返す。


 すると、呼応するごとくファイが横で身を乗りだした。


「命乞いなど、誰がするか! 私は栄誉ある第八エイス聖典神国セイクリッダム英雄騎士ヴァロルの娘! 父の名を汚すようなことはしない!」


(そうか。同じなんだ……)


 クシィは、気がついてしまう。

 自分だけではなく、セレナも、そして「バカ騎士」と揶揄した敵兵であるファイも、同じように強き父親に憧れ、その意志を継ごうとあがく娘。

 すなわち同じなのだ。


 敵国の2人に、もってしまった親近感。

 それがなぜか心地よく、そして自分の力にもなっている気がしていた。


「……ああ、もういい。なんかムカついた。殺しちゃおう」


 媚びなかったのが面白くなかったのか、ラクティスは非常に投げやりに興味なく言い放った。


「せめて面白おかしく、オレの【白虎baegho】ちゃんに喰われてくれよ」


 ラクティスが指を鳴らす。

 途端、キングサーベルタイガーが、すっと前に一歩でる。

 わずかな振動が、足の裏から伝わってくる。

 巨大な影を作る身体を振るわせ、唸るような低い雄叫びをあげる。

 大箱の中で、膨大な音が反響しまくる。

 その開かれた口は、よゆうで人間を呑みこめてしまうほど大きい。

 そして、鋭く光を返す瞳。

 魔獣の迫力は、やはり2人を圧倒する。


「くっ……。勝てると思う?」


「ここで死んだら、すべてが無駄だ」


「……そうね。絶対に、死ねないわ」


「そういうことだ!」


 2人の2度目の共闘が始まった。

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