第四幕:師匠(四)
村の惨状に対して、町は平常を失ってはいないようだった。
村のことなど興味がないのか、知らないのか。
道を行き交う人々からは、楽しそうな笑い声も聞こえてきた。
普通の町の普通の日常。
最初は、そう思った。
しかし、道を一本奥に入ると事情が変わる。
裏路地の方には廃屋のような建物。
整備されずに雑草が多く生えている道。
家がないのか、道端で寝ている者たちも散見した。
同じぐらいの規模の町と比べ、あまり裕福には見えない。
どうやら仮初めの賑わいを見せるのは、中央の大通りと、その突き当たりにある領地管理官の屋敷ぐらいのようだ。
ファイは人混みを避けるため、町に入ると裏道や屋根を足場にして飛ぶように走り抜ける。
向かうは、領地管理官の屋敷。町の端にある少し小高い丘で、庶民の貧しさを見下すように構えられた建物。
それは一見、小さな城のようだった。
この程度の町の領地管理官の屋敷にしては立派すぎる。
それに隣には、不可思議な建物が並んでいた。
遠くからも見えていた、直方体の巨大な建造物。
屋敷と同じぐらいの大きさがありながらも、石造りらしき壁には窓らしい物が一切ない。
巨大な牢獄であったとしても、窓の1つはあるはずである。
このような建物は、見たことがない。
ただ、屋敷にしても謎の建造物にしても、多くの血税が使われていることは想像に難くないだろう。
セレナの説明通り、私腹を肥やした恥知らずであることはまちがいないようだ。
(よし! やはり斬ろう!)
さらなる怒りをエネルギーにして、ファイは決死の覚悟で特攻するつもりだった。
だが実際に屋敷に到着すると、その異常さに驚いてしまう。
(……どういうことだ?)
正面門の前で、隠れもせずにファイは首をかしげた。
なぜなら、当然いるべきであろう門番の姿がそこにいないのだ。
平和すぎて気が緩み、どこかに席を外しているのだろうかと考え、ファイはそのまま門をくぐった。
しかし進めど進めど、なぜか人っ子一人いない。
なにかあったか、それとも罠かと思考を巡らす。
(さすがに、不自然だな……)
だが、どちらにしても、今はセレナ達を探すのが先だ。
彼女は、親友であるパイを救ってくれたのだ。
それはファイにとっても命の恩人であるに等しい。
ならばたとえ罠であろうと、恐れてはいられない。
しばらく歩くと、別棟の建物を見つけた。
非常に無骨な石組みの建物で、小さな窓がいくつかついているが、それにはすべて鉄格子がかけてある。
(あれか……)
近寄る……が、やはり見張り番がいない。
周りに気配もない。
意を決して中に踏みこむ。
湿気くさい臭いが鼻腔をつく。
まずあったのは看守の部屋らしき場所だった。
小さく簡素な机が置いてあり、そこに文具が少し転がっている。
そして、鉄格子のドアを挟んで向こうには、はたして牢屋が並んでいた。
「誰かいるのか!?」
突然、奥から石の壁を反響させた男の声が響いた。
ファイは、慌てて返事をする。
「私はファイ。セレナの村の者か?」
「おお! あの騎士殿か。頼む、助けてくれ!」
ファイは中に入ると、すぐ手前の牢屋を覗く。
そこには60代の男が2名と、同年代の女が1名、そして20~40代の男女が10名ほど捕えられていた。
そしてその中には、あのパズルを解いてくれと頼んできたカリムの妹の姿があった。
彼女は泣きまくったのか、目が真っ赤になり、頬と口元が涙と鼻水でゴワゴワになっている。
幸い怪我はないようで、その小さな手で、そばにいた女性の服をつかんでいた。
「よかった! 無事か! 今、開けるから離れていろ!」
狭いスペースを気にしながら、ファイは気合とともに剣をふりおろす。
キーンという高い金属音が鳴り響き、
「おお、ありがとう!」
村人の1人が牢から出てくると頭をさげる。
だが、頭をさげなければならないのは自分の方だった。
「こちらこそ、すまない。我々を招いたせいで……」
「……いいや。あのヤロウは、遅かれ少なかれ、あの村に何かする気だったのだ。来た時も、理由などどうでもいい風だったしな」
「そうか……ん?」
足元から少女が出てきて、ファイの脚をガシッと抱きしめるようにつかんだ。
その全身が震えて、また泣き始めたのか嗚咽をもらし始めている。
ファイは無意識に、自分の父親と同じように彼女の頭に手を乗せる。
「もう、大丈夫だ。このままみんなで逃げ――」
「ひっく……セレねぇが……ひっく……」
嗚咽の中、なんとか少女がそれだけを口にする。
そうなのだ。牢の中にセレナの姿は見当たらなかった。
しかし少女はそれ以上、嗚咽で話せなくなってしまっている。
「セレナちゃんは、なんか『大箱』に連れて行かれたよ」
その少女の代弁するように、檻から出てきた年老いた女性が説明してくれた。
「大箱?」
「あたしたちが適当にそう呼んでいるだけだけど……。ほら。でかい、四角い建物があったでしょ」
「――あれか!」
あの異様な建造物が脳裏に浮かぶ。
あれがなんだかわからない。
しかし、嫌な予感しかない。
わざわざセレナだけ連れて行ったということは、そこで見せしめにでもする気なのではないだろうか。
ファイは急いで向かいたかった。
だが、少女や老人たちをここに放置しておくわけにもいかない。
しかたなく少女を抱きかかえ、全員を門の外まで連れて行く。
やはり、その間にも見張りの兵士の姿がまったくない。
一緒の村人たちにそのことを尋ねても、やはりわからないという。
牢番も、彼らを入れたらすぐにその場から消えたというのだ。
不気味に思いながらも警戒して正面門までつくと、そこにちょうど空からクシィが現れた。
彼女は巻き上がる風と共に舞い降りると同時に、さっと面子を確認する。
「セレナは?」
「彼女だけ別に連れて行かれたようだ。どうやら、あの四角い建物の中らしい。……あの子は?」
「医者が来たので引き渡してきたわ。でも……」
「そうか……」
ファイはそれ以上、何も言えなかった。
クシィのいつも艶やかな下唇が、赤くはれていることに気がついてしまったのだ。
「ねぇ……おにいちゃんは?」
その会話を横で聞いていてなにか感じたのだろう。
クシィのすそをひっぱり、カリムの妹が悲しそうに尋ねてきた。
だが、クシィは何も答えられない。
ただ、しゃがみこんで少女をやさしく抱きかかえる。
その瞼は、彼女に似合わずギュッと力強く瞑られている。
「…………」
ファイは理解した。
今まで、言葉も通じない野蛮な侵略者で、神の意志を理解しない、自分たちとは別の存在だと考えていた、【黒の血脈同盟】の人々。
彼らもまた、普通に愛情のある人間なのだと。
彼らに同胞を殺されたとき、ファイは悲しく悔しく憎かった。
しかしきっと自分たちが彼らの同胞を殺したとき、クシィも同じ感情を抱いていたはずなのだ。
そう考えてしまうと、ファイの胸に何か靄のようなものがたまった気分になる。
それは、すごく当たり前のこと。
しかし、今の今まで実感できなかったこと。
それは、認めたくなかったこと。
しかし、認めなくてはならないこと。
「とにかく今は、逃げて」
そう少女に言うと、クシィが先ほどまでの表情と打って変わって不敵な笑みをファイに向ける。
「バカ騎士、行くわよ!」
その笑みにあるのは、クシィの決意。
それに気がつかぬファイではない。
カッと体が熱くなる。
「フン! 遅れるなよ、ハレンチ!」
たがいに貶しあい、馴れあわない。
どうせ、そんなすぐに歩み寄れるわけもない。
今はまだ、この関係でいい。
ただ、セレナを絶対に助けるという同じ目的をもつ者同士。
たとえ一時的でも、その絆だけで並んで歩く。
村人たちに目立たないように帰るように伝えて、2人は【大箱】に向かって走った。
それが罠だとわかっていながらも、2人は飛び込むことしかできなかったのである。
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