霧④

「まだだ、もっと持ってこい」


「ですが、本日の分はもう切らしてしまいまして……」


「あまり困らせるでない、料理長が困っておるだろ」


中庭での激戦が終わってからと言うものの、ルミナスのやけ食いに付き合わされ、私の分ふくめて10人前を平らげた途端、まだ寄越せと料理長に駄々をこねる。

これで無敗記録を伸ばした私に対して、また数日の間当たりがキツくなるのかと途方に暮れていると、メルトが珍しく顔を出す。


「私にも御指導をして下さい、あの三幼龍さんようりゅうの相手ばかりでは訛ってしまいます」


「分かった、だが相手は私ではない。大陸最強の騎士団を率いる一角、ルミナスに相手をしてもらう」


「私はトール様にお相手をお願いしたいのです、この数年で私は力を……」


「金色では役不足か?」


「いえ、そういう訳ではないのですが」


「丁度食べ終わって体を動かしたかったからな、ついでに陛下には逆らえない事を教え込んでやろう」


真剣を手に取って私に視線を投げてきたルミナスに応えて、渋々神域を展開して即席の闘技場を作り上げる。


互いに剣を向け合って間合いを測りながら、魔力と龍力を練ってほぼ同時に撃ち出す。

魔弾がぶつかり合う直後に更に大きな振動が空気を揺らし、腕だけを龍化させたメルトが剣を握っていない左手を薙ぎ払い、後方に転がり込んだルミナスが追撃を防ぐ為に土の壁を生成する。


突き出した剣が土の壁に突き刺さったのを瞬時に判断して飛び上がり、大きく広げた両手から空を覆う程の魔弾が飛び出す。

だが、流石帝国の対軍戦闘の第一人者である金色は、全ての魔弾を一点に吸い込んでひとつの高威力魔法として返す。


バツンッ、とゴムが切れた様な音を生じさせて消えたメルトは既に次の一手を右手に打っており、地面に手の平を押し付ける。


「ストレルカ臥龍式がりゅうしき!」


ルミナスの背後の地面から飛び出したストレルカは、カウンターで大きな隙を生み出していたルミナスの兜を掠める。


「そうか、貴様は対軍も単体も出来るのか。対軍に特化した私に工夫され尽くした魔法は有効打だが、精度が足りないな」


金色の剣先から放たれた光の矢を真っ向から消し飛ばそうと突きを放ったが、メルトの突きが当たる直前で8つに分かれ、完全に無防備だった体に光の矢が突き刺さる。


「っっ……ReadyGO!」


今度は音を置き去りにする高速移動を始めたメルトが現れては消え、全身が黒化して更に攻撃力と速度を上げていく。


「速いな……確かに目では追えないが、よもや私の得意分野を忘れた訳では無いな?」


私でも感知出来ないどこかで魔力を溜め続けていたルミナスは地面に剣を突き刺し、周りを容赦無く巻き込む広域を標的とした広大魔法を放つ。

音が消えて視界が真っ白に変わり果てた世界の中心で、たったひとりだけルミナスは無傷で立っていた。

衝撃で神域の天井が一部だけ剥がれ落ち、穴から覗く向こうの空は少しだけ不穏な空気を放っていた。

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淡い夢の美しさを知っている -美しい夢- 聖 聖冬 @hijirimisato

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