World Of Dawn③

一先ず城に戻り、街であった出来事をカミラに報告すると、仏頂面で淡々と書類を片付けながら口を開く。


「そうか、それは災難だったな……待て、天使だと。もう一度詳細を報告しろ、今天使と言ったか!」


「あぁ、だから天使じゃと言っておろう。それも5体の低級だが、何らかの加護が施されておった」


書類を片付けていた手を止めて窓の外の空を見上げ、「そうか」とだけ呟いて、下がっても良いと言う。

カミラの執務室を出て、雨で冷えた体を温めようと風呂に向かう途中、鈴鹿は何も言葉を発さずに後ろを1歩開けて付いて来る。


いつもなら何かとからかってきそうなのだが、どうしてか鈴鹿は元気がなさそうに俯いたままだ。

歩みを止めて振り返ってみると、ビクッと肩を震わせて、ハッと顔を上げて私の顔を見上げる。


黙って手を差し出すと、困ったように笑いながら小さな手を重ねて、憂鬱を振り切ろうとする様に走り出す。

前を走る鈴鹿は時々左手で目を擦りながらも、決して止まらず、後ろに振り返らずに走り続ける。


強がって前に進み続ける姿を見ていると、甘えるのが下手な幼い小さな影が見え、こんなにも愛おしい気持ちで背中を見ていたのかと、分からず屋なクソ大魔導師の気持ちがやっと分かる。

忘れかけていた名前を、あの日の様にあの少年を呼んでやろうと、翼を広げて押し開けた窓から空に飛び出す。


「shiningray!」


龍力を光の矢の雨にして雲を切り裂き、空いた雲の隙間を突き抜けると、厚い雲に隠れた煌々とした太陽が、空に手を伸ばした鈴鹿を照らす。


「鈴鹿! 私たちが忘れてしまった言葉で伝えよう、生きていくと誓おう。朝はまだ来ぬ、私たちは失ってしまう事ばかり考えてしまう、そんな私を笑うのであろうな。ジュン、アイネ」


「なんや、こんな事を御館様に言うなんて……死ぬ前みたいやないか」


「そんなつもりは無い。じゃが綺麗であろうこの景色、おぬしも顔を雲で覆うでない。覆ってしまったなら、この雲を切り裂いたように、おぬしの笑う姿を取り戻そう」


「なんやそれ、プロポーズ言うやつか。あんたみたいな男らしゅうないのは無理や思っとたけど、なんやまんざらやない自分が居るわ」


「プロポーズなどしておらぬ、おぬしみたいな成長もせぬ子どもをめとれるか」


「なんや失礼な奴やな! あてなんて死んでまえ、とっととこの雲引き連れてどこえなりとも行ってまえ阿呆!」


暴れだした鈴鹿を落とす前に雨に降られる城に戻り、浴場の前で降ろして少し距離を置くと、突然笑い出して目尻の涙を人差し指に乗せる。

手を振って笑って見せた鈴鹿は、あまり長く笑顔を見せず、踵を返して扉の奥に消える。


拍子抜けした半分、安心がじわじわと染み渡って来て、気が緩んだ所為なのか、欠伸が零れ出る。

自分の愚行に思わず吹き出して笑ってしまい、平和になったものだと思いながら、目の前の扉を押し開ける。


もう見慣れた脱衣所の景色が目の前に広がるが、そこに異分子が紛れ込んでいたにも関わらず、危うくスルーしかけていた。


「何をしておる、早う出て行かぬか」


「久し振りなのに、随分と冷たいのねトール。同じ雷を司る者として、親交は深めておくべきじゃない?」


以前見た姿とは少し違うイシュタルが、白い服を身に纏って立っていた。


「私と対になる衣服の色か、親交など深める気など無いようじゃな。何の用だ、今は相手になどなってやる気は……」


「南の神王が動いたわ、私たちも動く時じゃないの?」


「報告に入っておる、私にどうしろと言うのだ」


「人間を根絶やしにするのよ、どうして自然と共存出来ない害獣の肩を持つの。どうして貴方は人間しか愛せないの?」


「クライネはもう人ではない、このアイネ・トールの神核を所持しておる。そして私が今更何をした所で、神域に戻れると思えぬ」


「天から墜ちた堕神は地上では救いの神って訳、おめでたいわね貴方、滑稽と言った方が嫌がるかしら?」


「何と言われようと、私はクライネを守ると……」


背後の扉が開く音に振り返ると、軍師が扉の目の前に立つ私を見て、少し跳ねてから右手を上げる。

「よう」と言う挨拶を背中で聞いてイシュタルに向き直ったが、既にその姿は私の瞳に映る範囲から外れていた。


「どうしたんだ、誰かと話してたみたいだけど。誰か居たのか?」


「いや、大したことではない。おぬしも濡れておるが、外を出歩いたのか」


「あーいや、これは筋トレしててさ。カミラが言ってただろ、魔導師は結局基礎体力で決まるって」


「あぁ、そうだな。魔法を打てる体が無ければ四散する、それに体力が無ければ先に倒れるからな」


汗に濡れた服を脱いで籠に入れた軍師を置いて、鱗で出来た服をあるべき姿に戻す。

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