自分が生き甲斐なやつは③
「どぉぉぉん! 謎の美人侍…………さん推参!」
突然目の前に凄い勢いで着地した侍が、肝心な名前を少し考えた後、小さな声で誤魔化す様に適当に言葉を発し、腕を組んで私たちの方を向く。
狐の面に隠れた顔の下は、恐らくスメラギが見せてはならないもので、トコハナに見せたら確実に説教を食らう。
そんなぎりぎりの歩いて喋るボーダーラインが、名乗る名も決めずに思い立った勢いでここに来たのは、恐らく私が乗ってくれると信じて来たからだろう。
右手で両目を覆って息を吸い、力を抜いてゆっくりと時間を掛けて息を吐き切る。
「これは驚いたな、おぬしは何者だ」
「どう見てもオシナじゃない、そんなのも分からないのクソドラゴン」
「気を使わぬか戯け、そんなもの私だって分かっておるわ」
「駄目じゃないか2人とも、こう言うのには気を使わないと、またリベンジとかされる面倒なタイプだから」
おぃぃぃと言いたくなったが、何も見なかった事にして2人の手を引くが、タイミング悪くトコハナが曲がり角から姿を現す。
狐の面を着けるオシナの姿を認めたトコハナは、無言のまま腰の刀を抜き、嶺を下にして縁側から庭に下りる。
「そろそろ皆と合流しよう、何か見たなら忘れるのが1番じゃ、甘いものでも食べに行こうか」
「でもあんな馬鹿な主放っといたら……」
「腹が減ったのうミョルニル、パラシュもそうであろう」
「えっ、少しだけ空いた気もするけど」
「飛んで行くから掴まると良い、ほぅら置いて行くぞ」
「な、逃がさぬぞトール」
「どこに行こうと言うのです御館様」
飛んだ私を掴もうとしたオシナを、トコハナが雷の糸で絡め取り、逆さにして宙吊りにする。
オシナから私に視線を移したトコハナが、微笑んで手を振ってくれたのに対して、私も笑顔で手を振って返す。
のんびりと街を見渡す様に空を散歩していると、店が立ち並ぶ大きな通りで、こちらに向けて手を振っている人影が見える。
その方向に飛んで人の少ない路地裏で着地すると、背中に小さな物が当たり、大きな衝撃に押されて地に手をつく。
「アイネー! また会えなかった、寂しかった」
「その声はアリスか、久しいな。その顔を私に見せてはくれぬか?」
「嬉しそうじゃないから嫌」
「嬉しいぞ、それも心臓が飛び出しそうな程にな。いや待て、もっと嬉しさを言葉で表せる筈じゃ」
私の腰に回されていた腕が解かれて、考え込む私の前に、アリスが覗き込むように顔を出す。
「元気そうじゃな、顔色も良いではないか」
今まで何処に居たか分からなかった鈴鹿が、軍師とナーガの隣から、私の下に来て垂れた私の髪を引っ張り、目線を無理矢理合わさせる。
私の頬を舌で舐めた鈴鹿は、唇に舌を這わせて指で撫で、考え込む様に目を伏せて踵を返す。
「アイネよ、報告する事がある。後で天守に来てくれぬか」
「分かった、陽が落ちる前には顔を出そう」
「本当に分からぬ味のやつじゃな、今までのどんな英雄にも無い、何か混ざった味じゃな」
「私は私じゃよ、池の水に落ちてしまったのが残っておったかの?」
「はぐらかしよって、私は聞きたくもないが、クライネとやらには話してやると良い。ではな」
「どうかしたのか?」と心配そうな顔をして寄って来た軍師殿に、「どうしたのじゃろうな」と言葉を返して、アリスとナーガの手を引いて街を回るのを再開する。
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