今までの繋がりに別れを④

妙な本を貰って帰って来た人間を加えて、観王式が始まるのを道の端で待つ。

人が比較的少ない場所に立っていると、アリスが錆びた剣を抜こうと頑張り始める。

黙ってそれを見守ろうとしていると、埃を被った本を開いた人間が私の前でページを指でなぞり始める。


「なぁアイネさんよ、これって何て意味なんだ?」


「ちと考えてはどうだ、聞くのは簡単だが考えるのは難しいぞ。考えてこそ見えるものもある」


「分かってるけど、俺の知ってる言語には無いんだ」


「……ふむ、仕方が無いな。これは聖書バロンではないか、こんなにも貴重なものを貰ったのか。真っ黒で何も見えぬが、聖書は聖域に行くか持ち主ぬ応えるか。この二つの手段で元に戻る」


「うぉっ、俺選ばれた勇者感あるじゃないか。よし聖域に行こう」


「ん、まあ気が向いたらのう。聖書は使えれば戦力になりうる」


最初から聖域頼みなのかと、何故こんな男が聖書を持ってしまったのかと肩を落としていると、城に近い道が騒がしくなり始める。

すると花道を悠々と進む馬車の上に、笑顔で手を振るクライネが見える。


クライネと目が合って何かを喋っていたのが見えたが、それは私の元に届く前に空に吸い込まれる。

一瞬暗い顔をしてまた笑顔で手を振り始めたクライネを見て、もう同じ道を歩めない事を告げられた気がした。


「行くぞアリス、ミドガル。人間はまた消えたのか、まあこれだけ並んでおれば街に出る時に気付くであろう」


「もう行くの? クライネを連れてかないで良いの?」


地面に降りたアリスは、私の顔を見て心配そうに錆びた剣を抱き抱える。


「子どものおぬしに心配をさせてしまうとは、私もとうとう駄目だな。そうだ、クライネは違う日々へ行くんだ。だからここでお別れだ」


「嫌だけど……分かった」


「良い子だアリス、クライネにバイバイしないとな」


寂しそうな顔をしたアリスの頭を撫でて、小さな手を握って人を避けながら街を歩く。


「アイネちゃん……」


少し離れた所からミドガルに声を掛けられて振り向くと、俯きながら目を手の甲で擦る姿があった。

言葉が無くても言いたい事は分かるが、何も言わず本人の意思を尊重するのは、その人の事を何よりも突き放す事。


それでもクライネは私を見て、自分にもう一度問い掛けた筈、それでも行くと言うのならせめて最高の形で送ってやりたい。


「ミドガル、おぬしはアリスを見習え。おぬしより余程よく分かっておる」


「私も分かってるけど。それでも……」


「大丈夫だ、クライネであれば心配ない。別れを選ぶ事も大切だと想えるのだ今は」


「そうだよね……ごめんねアイネちゃん、私本当に馬鹿で」


「気にするな、おぬしは人一倍優しいやつなのは分かっておる。礼を言うぞ」


涙を拭いた顔を上げて笑ってみせたミドガルに手を伸ばして、アリスを先導にして街の外を目指す。

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