面会2


◇◇◇◇◇


「もう間もなくいらっしゃいますよ。こちらの椅子にお座りくださいまし」


 俺がソワソワして歩き回っていると、メリッサが用意された椅子を示した。

 テーブルの横に置かれた背の高い椅子。かなり高い座席で、どうやって座るんだと思っていると「失礼いたします」と、メリッサがひょいっと乗せてくれた。

 まあ、仕方がない、どう見ても大人用の椅子だし。これなら確かに足は地面につかないからな。

 メリッサが甲斐甲斐しく服装の乱れを整えていると、やがて来客の知らせが入った。

 扉の向こうから現れたのは、枢機卿の帯を付けた白い長衣に、式典用のマントを羽織った背の高い女性だった。何というか迫力が只者ではない。すごく美人なんだけど、軍隊の指揮官のような覇気を感じた。

 そしてもう一人。遅れて入ってきたのは、かなり若い下級神官。下手をするとまだ十代かもしれない。


「ようこそいらっしゃいました、マリーアン様。初めまして、イツキと申します」


 まずはきちんと挨拶。

 地位の高い方だと聞いているので、ここは何事も穏便に済ませるための、とっておきの営業スマイルで。

 彼女は少し驚いたような顔をしているが、この格好にツッコミをいれたいのだろうか? もちろん、本当のところ俺も全力で入れたい。

 けれどそれは一瞬のことで、すぐににっこりと笑って挨拶を返すと、そのまま自己紹介などをしてくれた。俺の体調のことを気遣ってくれたり、頭に乗っている従魔について雑談したりと、想像よりもずっと気さくな印象を受けた。

 そして最後に、後ろに控える神官のことに触れた。

 そうじゃないかとは思ったが、やはり俺の側付きになる神官のようだ。

 ちょっと前から視線は感じていたので、どうにも気にはなっていた。どちらかというと、それは警戒に近い感情で、いくら彼女が気さくに会話を進めていても、俺は通常運転のビジネスモードだった。


「初めまして、エルマンと申します。誠心誠意、神子様のお役に立てるよう精進いたします」


 けれど、その名前を聞いた途端、思わず「あっ」と、叫びそうになった。

 なぜだか自分でもわからない。

 ただ、その名前がこちらの言葉、文字までも、くっきりと頭に浮かんだのだ。

 知らない名前のはずなのに、なぜかスペルまでがはっきり分かる。

 押し寄せる何かに、思考が濁るような感覚がして、思わず頭を押さえた。


「……神子様?」


 若い神官にそう声を掛けられて、思わずハッとなった。

 俺は気をそらしたことを詫びたが、そこで再び引っかかりを覚えた。名前にばかり注意が向いていたが、その声が最近聞いた声であることに気が付いたのだ。


「そうだ、あの魔力操作の……人?」

「……おっしゃる通りでございます。許可もなく不躾な真似をいたしました、お許しください」

「えっ? いや、そんな……」


 この人に謙られると、ひどく落ち着かない。

 なぜかわからないが、常に助けられているような、支えになってくれているような、そんな心の拠り所のような存在に思えたのだ。

 正直、俺の手伝いさせるとか、呼び捨てとかハードル高すぎだし、いっそ罰ゲームのような感覚だ。


「そ、その節は大変助かりました。見知らぬ場所で、体調を崩し、困っていたところを助けていただいたのですから、感謝しかありません」


 思わずペコペコとお辞儀をしそうになったが、メリッサの咳払いで辛うじてそれだけは堪えた。

 その後、マリーアンは後のことをエルマンに託し、部屋を退出していった。


「本日から一週間、お披露目を兼ねた祭事の手順と、禊や前行事などの準備を、お手伝いさせていただきます」


 そうして、数日後の祭事に向けて、俺には側付きの神官が付くことになったのである。

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