カトリーヌとリュシアン

「カトリーヌ、なにを勝手に……」


 思わず立ち上がったベアトリーチェを、振り向きもせずカトリーヌは続けた。


「さっき聞いてて思ったんだけど、いっそのこと魔法陣を刻めばもっと的確な魔法付加ができるとおもわない?」

「魔法陣? いくらなんでも……無理じゃないかな?」


 追い払おうとしたベアトリーチェを苦笑して止めると、僕はカトリーヌに答えた。


「あら、処置をすれば魔法陣はどこにでも描けるのよ。永続化も、その電池? があれば、魔石もいらないし」

「もちろんそれは知ってるけど、そうじゃなくて、魔法陣が描けるだけの大きさの電池って、現実的に持って歩けないと思うんだけど」


 なにしろ魔法陣の大きさは、基本的に三十から四十センチ四方はあるのだ。大きい物はいくらでもあるけれど、それよりも小さなものと言えば、僕が作った生活魔法の一番単純なやつくらいだろう。


「……カトリーヌの写生レベルなら、縮小が可能じゃ」


 椅子に座りなおしたベアトリーチェが、かなり不満そうにではあったが、唇を尖らせつつ意外にもカトリーヌを援護するような事を言った。


「ふふ、ビーチェが私を褒めるなんて珍しいわね」

「……褒めてはおらぬ、本当のことを言ったまでじゃ」


 ちょっとだけ「ぐぬぬ……」という悔しそうな声が聞こえた気がしたが、それでもベアトリーチェは人を不当評価することはないようだ。


「そういうこと! 私は写生の際、魔法陣のサイズを変えられるわ。もちろん、全部じゃないし、物によっては大きさに制限はあるけど、属性を付加するくらいの魔法陣なら楽勝よ」

「写生レベルでそんなことができるなんて。私は知らなかったのだけど、こちらでは普通なのかしら?」


 胸を反らして自慢げに語ったカトリーヌに、ニーナが驚きの声を上げた。


「普通ではないのじゃ。塔にいる研究員クラスなら多少おろうが、一般的ではない技術じゃ」


 ということは、カトリーヌが特別なのだろう。


「でも、そのレベルがどのくらい高いのか、本当のところはわからないのじゃ」


 今度はカトリーヌが口をへの字に曲げる番だった。ニーナが「どういうこと?」と、首を傾げる。


「ああ、それはじゃな……」

「待って、自分で説明するわよ。私は、超級や伝説級の魔法陣も描くことができるんだけど、それは発動しなかったのよ」

「ちなみにカトリーヌは、それほど魔力が多くないのじゃ」


 補足するベアトリーチェに、慌ててカトリーヌがかぶせるように続けた。


「そっ、そりゃ私の魔力は平均並みだけどね! それはともかく、超級の一部と、伝説級の魔法陣のいずれもが、他の誰にも発動することが出来なかったのよ」

「……は? どういうことだ? ってか、どっかで聞いたような話だな」

「それは、リュシアンのことじゃないの。ほら、リュシアンが描いた魔法陣も誰にも発動できなかったでしょ……あれ? でも、リュシアンは自分でちゃんと発動してたわね」


 エドガーが首を傾げると、それにアリスが答えた。なんだか、みんながこんがらがってきたようだ。


「僕の場合は、ぜんぜん意味合いが違うよ。あれは、書籍に描き写しただけのコピーの記録用魔法陣と変わらないからね。でも、カトリーヌは本当に写生してるんでしょ?」

「も、もちろんよ! でも……」


 反射的に答えたが、最後は尻つぼみになってしまう。

 そう、実際に発動しなかったのなら、それは証明できなかったことを意味している。

 つまり、ベアトリーチェが言いかけたことは、高位魔法陣をいくつも写生してみせてみたが、正式には誰も認めていないということだ。

 彼女の写生は数年前から評判で、転移魔法陣さえも描けるのではないかと期待され、昨年には知識の塔に特別に召喚されたそうだ。少なからぬ野望があったカトリーヌは喜んで参加したが、残念ながら転移魔法を描くことは出来なかった。

 皮肉なことに、そのことが他の発動証明できなかった魔法陣の信憑性までも損なう結果になった。

 カトリーヌが僕を面白く思わなかったのは、そのことも原因だったようだ。なにしろ、同じように期待されて呼ばれ、ちゃっかり準研究員という待遇を勝ち取ったのだから。


「だけど、今は違うわよ。だって、リュシアンほどの魔力があれば、私の写生が本物だって証明できるかもしれないわ……そうよ! リュシアンなら超級だって、伝説級だって!」

「ど、どうかな? なんか外部の魔力も巻き込んで魔法を使ってたこともあったみたいだから、実はそれほどでもないかもしれないよ……」


 相変わらずグイグイ押してくるカトリーヌに、僕はタジタジになってしまう。実力が不当に疑われているのは、確かに気の毒ではあるけれど。


「そんなわけないでしょ、だって無属性の練度が普通じゃないもの。それに、ソレ!」


 無意識状態で発動しているパッシブ魔法。普通にしている状態で指摘されたのは初めてだが、武術系の授業ではいつも褒められる得意分野だ。こればかりは、幼いころからみっちりと仕込んでくれたロランに感謝だ。

 続いてカトリーヌが指差したのは、頭上で寝こけるチョビ。


「知ってるわよ、その従魔。ベヒーモスでしょ、そんな大食らいの魔獣を、なんでもない顔をして平然と飼ってるなんて普通じゃないわ!」


 どうやら、こちらでもベヒーモスを従魔にすることは結構大したことらしい。

 主人を持たないベヒーモスは自力で魔力を供給するが、従魔は当然ながら主人から魔力を得る。それは向こうでもこちらでも変わらない。こちらでは大気中にも多量の魔力が存在するため、野生のベヒーモスが、向こうなら大問題になってしまう飢餓状態にならないだけだ。


「リュシアン、乗ってやれば? 案外、面白いじゃないか」


 と、エドガー。


「クラブのコラボは置いとくとして、巻物使うだけなら試してやればいいじゃねぇかって話だよ。発動してもしなくても、恨みっこなしってことで。それで仮に成功したら、それはカトリーヌの写生が本物だって証拠だ。そしたら、お前のオリジナル魔法陣だって描ける可能性があるんだぜ?」


 ――それは思いつかなかった。

 今まで、誰も写生することができなかったオリジナル魔法陣。新しく創作したそれは、僕以外使えなかったことで正しく評価されなかった。けれど、魔法陣を写生できる人さえいれば、それは即ち誰でも使用可能な巻物となる。

 つまり、オリジナル魔法陣がちゃんと魔法陣としての機能を備えたものだと、証明することができるのだ。

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