帰り道
「うわー、遅くなっちゃったな。早く帰らないと」
僕は、塔からの帰途を急いでいた。
何だかんだと夢中になっていたら遅くなってしまった。
実は今、スランプというかちょっとばかり行き詰まっているのだ。自分の作った魔法陣に限り、巻物というプロセスを経ずに魔法を使うことが可能になった。そこまではよかったのだが、そこからがなかなか進めないのだ。
もとより転移魔法は、現存する魔法陣があるのに唱えることも写生もできない。
現在、これら遺物を使わなくても魔法陣を展開できるのは、僕だけということになっている。だが、それは飽くまで今までの手順通りということだ。
どこか一つでも下手に触ったら、まともに機能する代物に戻せる自信がない。従来の巻物への念写でさえ、大きさも、術式もそのまま、デカい魔法紙にハンコのように写すのがやっとだ。
実験として、永続魔法を施した台座に描き写したこともあるけれど、やはり僕以外には転移魔法の機能を果たさなかった。
「あんなスゴイ魔法陣をアレンジとか、だいたい有りえないよ……そして改変が無理なら、僕が変わるしかない。普通に魔法陣を使えるようになることが、前提なんだよねえ」
居残りの研究者たちに早く帰れとせっつかれたので、こうして帰路についているが、本当ならもうちょっと頑張りたかった。寮には門限があるので仕方がない。
塔から寮までは少し距離があるが、その小道はちゃんと魔力灯が等間隔に設置されており、足元は明るい。
すっかり日も暮れて、すでに夕食の時間も過ぎているだろう。
いつもあまり遅くならないようにと、釘を刺されているので、僕は少しだけ早足になった。前に、心配したエドガーが迎えにきて、ラムネットさんに揶揄われたことがあるし。
「……こんな遅くに、夜遊び? いけないなー、ディリィに言いつけちゃうぞ」
「う、っひあ!?」
いきなり後方からのしかかられて、変な声が出た。
寸前まで、まったくなんの気配を感じなかった。
チョビも、遅ればせながら今頃爪を立ててるし、ペシュもちょっと顔を出しただけで、襟元から出てくるのを躊躇っている。
咄嗟に勢いよく飛び出してきたゾラは、何故かそのままの恰好で固まってしまった。ゾラがこういう状態になるってことは……うん、まあ相手が誰かはすぐにわかった。
「リン?!」
「あったり―、久しぶりだね、リュシアン。元気だった?」
「びっくりした、脅かさないでよ。それに、最近は姿を見せなかったから心配してたんだよ。今までどこにいたのさ」
「んー、まあ、お仕事だよ。それよりリュシアン、こんな時間に一人で歩いてちゃだめじゃないか」
リンはクルッと身体を翻すと、肩に手を置いたまま僕の前に立った。微妙に話を逸らされた気がするが、今はそのまま会話を続けることにした。リンにはちょっと聞きたいことがあったし。
「大丈夫だよ。学校の敷地内だし、ゾラもいるからね」
その言葉通り、相手がリンでなければ、大抵はゾラの敵じゃない。それに僕だって、護身術のひとつやふたつはあるのだ。第一、以前と違って僕も命を狙われているわけではない。
最近ちらつく白装束が一瞬だけ頭に過ったが、僕が狙われる理由がイマイチわからないし、まだ気のせいだろうという域を出ない。
「まっ、確かにゾラが居ればだいたいは問題ないか。でも、やっぱり一人でこんな時間にウロウロしちゃだめだからね」
「わかってるよ。それより、今日はどうしたの。お祖母様のところ?」
「そうそう、ちょっと報告があってね。その帰りなんだ」
「またどこかへ? まだ、こっちに居られるの?」
「んー、実はこっちもちょっと大変でさ。また戻らないとならないんだ」
人差し指で頬をかく仕草をして、リンが言葉を濁して苦笑した。
「そっか、じゃあ無理かな。ちょっとだけリンに相談したいことがあったんだけど……」
「相談って、ボクに?」
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