新天地

「青い空、白い雲っ! そして、見渡す限りの砂浜に、きらめくエメラルドグリーンの海!」


 はい、これ魔界の感想です。

 ニーナとアリス、カエデが眩しそうに空を見上げ、目の前に広がる海岸に感嘆の声をあげていた。どうやら到着したのは、魔界きってのリゾート地であり、ムーアー諸島の最南端、本島に次ぐ大きな島の一つらしい。

 そしてここは、魔王一族のプライベートビーチのようで、僕達以外に人は見当たらなかった。

 観光地として提供しているのは、ちょうど裏側にあたる大きな海岸のようだ。ここは少々こじんまりとしつつも、両脇を岩場で遮られた海岸だという。

 僕なんかからすると、十分大きな海岸に思えるけどね。

 移動の際、ずっと頭にしがみ付いていたチョビは、さっそくパタパタと羽ばたいてちょこんと砂浜に下りた。サクサクと軽い音がするのが楽しいのか、何度か僕の周りをぐるぐる歩いて、寄せては返す波の方をじっと見つめていた。

 

「チョビ、あっちへ行ったらダメだよ」


 前にもお風呂で溺れてたからね、チョビ。

 

「綺麗なところでしょ? ボクもよく海水浴にくるんだ」


 そして、ニコニコとご機嫌なのはリンである。

 金色の明るい髪に、ほっそりとした少年のような身体つきの少女。水着なのか、ショーパンのようなビキニに、へそ出しシャツを胸の下で結んだ軽やかな恰好だ。

 最初はびっくりしたけど、海から来たからその格好だったんだね。

 今回ここに来る際には、お祖母様が寄越してくれたリンに迎えに来てもらったので、迷わずに魔界の目的地に着くことができた。

 魔界の学校に直接行くものだと思っていたが、どうやらここでワンクッション置くらしい。

 考えてみれば、誰がいるかわからない公共の場に、いきなり大勢が現れたら大騒ぎになりかねない。プライベートな場所なら、確かに安心である。

 前にも変な大司教に、めちゃくちゃ執着されてストーカーされたし。


「この子が、本当に麒麟なのか? 人間に見えるけど……」


 横からエドガーが、ひそひそと耳打ちしてくる。

 まあね、こうしていると本当に普通の少女だしね。でも、口で説明したところで、実物を見ないことにはピンとこないだろうし、そのうちあちらの姿も見ることになるだろう。

 

「リュシアン! ようこそ、魔界へ」


 そして、しばらくして現れたのはお祖母様だった。砂浜に下りてくる階段の向こうに目をやると、大きな馬車が止まっていた。

 斜めに巻いたような薄い布地の裾の長いスカートに、上半身はやっぱりビキニ姿だった。どうやらお祖母様もしっかり水着姿のようでである。足元はサンダルで、レースをあしらった日傘をさしている。


「お祖母様、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」


 さすがに祖母の水着姿には驚いたが、考えてみればここはビーチ。それも、誰に憚ることのないプライベートビーチなのだ。それに学園長の持たせてくれた「魔界へのしおり」には、持っていくものの記述の一番先頭に、水着としっかり書いてあった。

 南国の島でリゾート地って言ってたもんね。


「コーデリア様、ご無沙汰してます。あの時は、本当にお世話になりました」

「まあ、カエデさん。よかった、元気そうで安心したわ」


 顔見知りのカエデが、こちらに気が付いて挨拶を交わしていると、僕の横にいたエドガーはなぜか口をポカーンと開けて、祖母の顔を凝視していた。


「どうしたの? エドガー」

「絵……」

 

 エドガーの呟きに、僕も思わず「え?」と繰り返した。


「……あの絵の人だ」


 そこまで聞いて、ようやくエドガーの指す意味を悟った。以前、王様に見せてもらったという僕と母が描かれている絵画の事を言っているのだろう。

 髪の色こそ違うが、確かに母と祖母はそっくりだしね。

 もっとも僕も、本当の母親の姿は肖像画でしか知らないけれど。


「あなたがエドガー王子ね。リュシアンの祖母でコーデリアよ、よろしくね」

「あ、あう、お……、は、はい! こちこちこちらこそ、です!」


 お祖母様のほうが背が高いので、目線を合わせるようにすこし屈んでニッコリ笑うと、エドガーは面白いようにしゃちほこばった姿勢でぴょこんとお辞儀をした。

 顔はゆでだこもびっくりするくらい真っ赤である。

 なんだろう、もしかして絵の中のシャーロット妃が、初恋の人だったとかいうベタな理由だったり? いや、まさか、ね。

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