閑話 冒険者王女2

※※※


 ということで、その二時間後にはニーナも無事に冒険者になった。

 新しく冒険者としての機能が追加されたカードを受け取ると、先ほどまでの不機嫌さが嘘のように嬉しそうな顔になっている。

 到着した途端、案の定というかギルドマスターに捕まって、しばらくお詫びという名の嫌がらせを受けていたのだが、当然、ニーナが願ったのは「普通に対応して欲しい」の一言だった。


「ねえ、ニーナ。せっかくだから、なにか簡単な依頼を受ける?」

「いいの? リュシアン!」

「もちろん、今日は一日みんなはみっちり授業だし、すぐ帰っても畑仕事くらいしかやることないしね」

 

 掲示板のところに行くと、ところどころ歯抜けになったクエスト依頼書が貼ってあった。希望するものがあれば、剥がして窓口のところへ持っていくようだ。

 ざっと見回したが、美味しい依頼はほぼなくなっていた。こちらに着いたのは朝だったものの、ギルドマスターの長い話のおかげですっかり昼前である。

 当然ながら、割のいい依頼から売れてしまうのだ。


「うーん、やっぱり良さそうなのは取られちゃってるね」


 半日で完了できる依頼といえば、薬草などの収集や、単純なモンスターの討伐くらいだ。


「私たちはFランクだから……」

「あ、僕はDランクになったから、パーティでの依頼ならDまでいけるよ」

「ええ! いつの間に、ずるい」

「ニーナよりずっと前に冒険者になってるからね。でも、Dランクまでは、頑張ればすぐになれるよ」


 そう、難易度が跳ね上がるのはCランクからだ。

 なにより昇級時に適性試験もあるし、一定期間なんの依頼も受けない、或いは失敗が続くと、ランク落ちもあったりして維持するのも大変になる。

 その代り、稼げる金額も一気に増えるし、なにより信頼値のようなものも上がるので、指名やギルド直々の依頼もあるのだという。


「じゃ、私も早くDランクになる」

「カエデだって、まだFランクだよ。そんなに慌てることないよ」


 そうはいっても、ニーナはもうやる気満々である。食い入るように掲示板を見つめていた。


「これと、これ! それに、これも」

「待って、ニーナ、ストップ!」


 両手に依頼書を掴んだニーナに、僕は慌てて止めにかかった。

 暴走しそうになるニーナを何とか抑えて、いくつかの依頼書を取り上げて元の位置へと戻した。舞い上がる気持ちはわかるけどね、そんなにいっぺんに受けられないから。

 

「今日は半日だし、二つだけ! これからは、いつでも受けられるんだから、今度ゆっくり! ね?」

「そうよね……うん」


 ちょっと不満そうではあったが、取りあえずは納得してくれたようだ。

 二人で相談して受けた依頼は、ちょっと珍しい薬草で、マイン草の採集。これは、気付け薬に使う物凄い匂いの薬草だ。無闇に扱うと、手に付いた匂いが一週間は取れないという強者だ。扱いが面倒なわりに、依頼料が安いのであまり人気がない。

 もう一つは、グリーンワームという魔物、二十匹の討伐。同じ依頼が複数枚あるので、いわゆる大発生モンスターの間引き依頼というやつだ。

 どちらも学園都市から出て、砂漠側への街道が捜索範囲となる。あまり人気がない依頼のようだが、時間が限られている僕達には、場所が近くて同じ範囲というのはとても助かる。

 さっそく窓口に行って、この二つの依頼を受けた。グリーンワームのほうがFランク、マイン草のほうがDランクの依頼だった。薬草採集のランクが高いのは、ひとえに扱いの難しさゆえだろう。


「徒歩で門を出るのは新鮮ね」

「そういえばそうか、普段は馬車だからね。そもそも学園を出るとしたら、遠出ばかりだし」


 もともと学園都市には何でもあるので、外に出ることがほとんどなかった。たまに受けていた冒険者ギルドの依頼も、錬金で作る薬や、素材加工なんかの手仕事が多かった。一人で受けることが多かったので、そういう依頼ばかり受けていたのだ。

 

「馬車で移動しているときは気が付かなかったけど、人の往来もあるのね」


 確かに、行商っぽい徒歩の商人なども見かける。この辺りは、それほど高ランクの魔物もいないし、次のオアシスの町くらいまでなら、わざわざ馬車に乗るまでもないのだろう。

 でも、僕らも依頼を受けたけど、最近はグリーンワームが異常発生していて、どこかで小さな魔力溜まりでも発生しているのではないかと言われていた。

 ダンジョンの成長時や、発生時に起こるとされている魔物の異常発生と暴走スタンピード。それに似た症状で、一つの種が爆発的に増える現象が起こることがあるのだ。


「あった。あれじゃない? マイン草」

「待って、ニーナ。無闇に触っちゃだめだよ」

「そうだった。どうするんだっけ? たしか、切り口を焼くんだっけ」

「うん、でも切るのはこれ使ってね。そしたら焼かなくていいから」

「え? でも、匂いが」

「大丈夫だって。その代り鞘から抜くときは気を付けて、刀身に触ったら火傷じゃすまないよ」


 使い捨て用の手袋とビニールモドキの保存袋を取り出して、ニーナにはナイフを手渡した。握りの部分に、赤い魔石が二列、呪式の枠に沿って嵌っている。

 

「すごーい、なにこのナイフ。切ったと同時に切り口が炭みたいになってる」

「マイン草に限らず、薬草には切り口から有毒の汁や気体が漏れるものがあるからね。薬草畑で多数の植物を育てるにあたって、クラフトのほうで幾つか道具を作ったんだよ」


 でも、これはまだ未完成かな。思った以上に熱が強くて炭化がひどい。僕としては電気メスのようなイメージだったんだけど……まだまだ改良の余地ありだね。


「リュシアンったら、なんだかんだで一人で作っちゃうのね。金属、鉱石の錬金術は、私も一緒にやりたいって言ったじゃないの」

「ごめんって、ニーナはここしばらく大変だったでしょう。教養科を修了してるのはニーナしかいないから、僕だって一人でちょっと時間を持て余してたんだ」


 一つ目の依頼をクリアして、僕達は更に街道を進んでグリーンワームの出現情報があった場所へ向かった。


「そうだったの。そうよね、一人じゃつまらないものね」

「うん? そう、だからね。今度は、ちゃんと声かけるからさ……ん?」


 それほど進まないうちに、グリーンワームの集団にぶつかった。先ほど見かけた商人が、オロオロと魔物避けの粉を振りかけている。どうやら足に白い糸が絡まって、動けなくなっているようだ。


「あっ、魔物避けはダメ! 余計に興奮しちゃうから、早く仕舞って。ニーナ! 僕が糸を切るから、その人を後方へ」

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