塔の上で

※※※


 そこは、ひんやりと冷たく静謐な場所だった。

 けれど、大理石のような乳白色の床は綺麗に磨き上げられ、壁には柔らかな光を灯すたくさんの魔石ランプが掛けられ、淡いオレンジ色に揺らめいている。それらは、この場所が決して粗末に扱われていないことを示していた。

 僕とニーナは、螺旋状の階段をひたすら登っていた。しばらく登ると、ようやく一つ目の扉が現れた。


「ここはまだ見張りの騎士の詰所よ。目的地はまだずっと上なの」


 先導しているニーナは扉をそのまま通りすぎて、さらに階段を登っていった。

 氷の塔、ここはそう呼ばれている石作りの塔だ。

 内部は決して華美な装飾が施されていないが、外観の造りはかなり優美な塔だった。乳白色の艶のある美しい石材がふんだんに使われている。

 それもそのはず、この塔はもともと何代か前の王が、溺愛した妃のためにと建設した塔なのだ。人が住むようには出来ていなかったので、おそらく観賞用だったのだろう。なんて贅沢な……。

 それにしてもエレベーターが欲しい。この身体が疲れ知らずとはいえ、なんだか目が回って来た。

 ひたすら登って、登って、いつまで続くんだろうと辟易とした頃、ニーナがようやく振り向いた。


「……この控えの間を越えたら、お兄様のいらっしゃるお部屋まではすぐよ」


 装飾金具で縁取られた木製の扉を開けると、そこにはメイドが数人と、医師らしき白衣姿の数人の男女が待機していた。


「殿下に、ご挨拶を……」


 メイドたちは手に持ったものをテーブルに戻しお辞儀をし、数人の医師たちはニーナの前に並ぶと、その中の一人だけが前に出て、胸に手を当て頭を下げた。前のパーティの時も思ったけど、この仕草は貴族だけがするようだ。とすると、医者風の人達の中で、前に出た彼だけが貴族なのかな。


「構わないわ、楽にして。今日は前に話しておいた学園での、私の師をお連れしたのよ」


 ちょっと、ニーナ! 僕はただの研究室のリーダーなんだけど! あんまり大袈裟に紹介しないでよね。

 ……ほら、みんなキョロキョロしてるじゃないか。

 見上げるようにニーナに抗議したが、むしろ彼女は胸を反らして自慢げですらある。


「……リュシアン・オービニュと申します。今日はよろしくお願いします」


 仕方がなく挨拶すると、当然ながら周りからは「え? この子供が!?」という視線が、矢印になって突き刺さってきた。ニーナの手前、口にこそ出さなかったが明らかにがっかりした空気が漂った。


「彼は教養科を優秀な成績で修了し、しかも今は研究室を二つも持っている優等生よ。なにより、私が誰よりも信頼している人なの。そこのところを気を付けて対応して頂戴」


 付け加えるようにピシャリと言い放ったニーナに、皆の表情が明らかに引き締まった。貴族の彼は少し不満そうであるが、あからさまに態度に出すことはなかった。

 彼の気持ちも、多少わからないでもない。ニーナの話では、アンソニー王子は十数年眠ったままなのだ。その間、ずっと協力し合い治療を続けてきた彼らにとっては、いきなりやってきたよそ者に、縄張りを荒らされるような気分なのかもしれない。

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