朝の薬草園にて

「おはよう、リュシアン。早いわね」


 麦わら帽子の下から見上げると、いつの間にかニーナがすぐそこまで近づいていた。

 長い黒髪をかき上げ、髪を結わえながら歩いてくる。僕とおそろいの麦わら帽子を首にひっかけ、すっかり体操着に着替えていた。ちなみにこの麦わら帽子は、縫製工房の親方ジョゼットにお願いして作って貰った。

 糸を織るのとはわけが違うが、仕組みを簡単に説明すると、瞬く間にそれらしいものを作ってしまったのである。その後は、工房の弟子たちの仕事になったようで、今では農作業用に使い勝手よく改良してもらった。作業をしていても落ちないように、幅広の布で上から巻くようにあごのところで結べるようにしてもらったのだ。横にも広いツバが邪魔だったから、一石二鳥だね。

 ニーナ達は、更に首元までカバーしたものも欲しいと言っていたが、それは彼女たちと工房の弟子(親方が女性だからかここの工房には女の子が多い)達に任せた。


「おはよう、ニーナこそ早いね」


 僕がそう返すと、ニーナは作業用の手袋をつけながら少し困ったように笑った。


「……なんだか落ち着かなかったのよ。それに、報告したいこともあったし」

「報告? ああ、もしかして例の?」


 ちょっとだけ小声になってニーナが身を寄せてきた。


「うん、そう。結論から言うと、許可が出たわ」

「……へぇ、そうなんだ」


 自分で頼んでおきながらなんだけど、あまりの早い返答にちょっとだけ驚いた。


「なによ、その気のない返事は。結構大変だったのよ。叔父様達にも口添え文を通達してもらったり、お父様に連絡とるために学園長にお願いしして魔石通信まで使ったんだから」

「ごめんごめん、そんなにすぐに許可が出るとは思わなかったから驚いたんだよ」


 先日、ニーナから話を聞いた際、どうしてもお願いしたいことがあって頼んでいたことがあった。

 それは、アンソニー王子との面会。

 とにかく一度、直接この目で状態を確かめたかった。

 もちろん僕は医者ではないけど、薬剤師養成科で少しそっち方面も触っているし、それ以外でも書物などで得た情報もある。加えて言うなら、前世での記憶も少しだけ。まあ、こっちは誰でも知っている程度の知識しかないけどね。

 

「あの場所は後宮だから基本的には男子禁制なんだけど、医官や貴人の従卒など一部の例外もあるわ。それに、リュシアンは、ほら……」


 そうだね、見かけは従卒の少年よりさらに子供だよね! わかってた。


「でも、公爵はよく口添えしてくれたね。あの時会った僕と、薬剤師見習いの僕は別の人物だって思ってるんだよね?」

「それなんだけど、……ごめんなさい、お姉様にはなぜだか話の途中でばれちゃって」


 慌てて両手を合わせて、おでこを押し付けているニーナに、僕は何となく察してしまった。

 スザンナ夫人って、なんかこう……人を見透かすじゃないけど、何となく風貌が占い師みたいなエキゾチック美女だったし、話術とか上手そうなイメージだしね。

 とはいっても、深刻な理由があっての変装というわけでもなかったし、構わないんじゃないかな。

 だいたい、会ったこともないような市井の一学生が、いきなり王国にとっての極秘事項ともいえるアンソニー王子に面会したいなどと言っても、普通に取り合ってくれるはずもないし。

 

「かえってよかったと思うよ。それにほら、王様たちに嘘をつくと後々面倒なことになりそうだしね」

「後々……そうよね、うん。早めにちゃんと顔合わせしておいた方が、いろいろいいものね」


 なにやら一人で納得しているが、僕としては取りあえずアンソニー王子の様子を確認できるようで、ひとまず一安心だった。それまでに、僕の方でも少し準備をしておこう。

 

「わぁ……! すごい本当にソティナ草だ」


 それほどコソコソしているつもりはなかったが、後ろからいきなり声を掛けられて、僕達は飛び上がるほど驚いた。ギクシャクと振り向くと、そこには透明なビニールハウス越しに中を覗く、制服姿のカエデの姿があった。

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