密談2

 ニーナの話は驚くべき内容だった。確かに今までに幾つかの違和感はあった。

 出会った当初から、彼女の口から聞く「お兄様」は常にエルマン王子のことで、実兄であるはずのアンソニー王子の事を聞いたことがない。

 夏休み、弟のお見舞いに行ったという話も、実は本当のアンソニーのところへ様子を見に行っていたということである。彼が眠っているという氷の塔は後宮内にあるので、幼い弟たちを理由に使ったようだ。

 ちなみに数人の弟も、また他に兄もいるが、いずれも正妃の娘であるニーナと違って、氷の塔のアンソニー以外は妾妃の子であった。彼らの王位継承権は基本的に低く、いずれも条件付きという身分である。

 王位継承権はアンソニー王子が一位、ニーナが二位、国王のすぐ下の弟が三位と続く。現国王の実子でも、母親の身分によっては順位が下がったり、継承権自体がなかったりする仕組みのようだ。

 驚いたのは、前国王の長男の息子であるキンバリー辺境伯の王位継承権が思ったより高いことだ。これでは、普段からかなりの発言権もあるだろう。


「用件はわかったよ。でも、そんなこと他国の人間に話しても平気?」

「リュシアンだもの、信じてるわ……申し訳ないけれど、彼には遠慮してもらったけどね」


 ちらりと扉の方を見て、ニーナは僕の方をじっと見つめた。そして、思い出したように一つだけ付け加えた。


「でも、アリス達にはまだ何も言わないで。あのね、彼女たちを信じてないわけじゃないのよ……ただ」

「大丈夫、わかってるよ。知っている人間が増えれば、それだけ秘密が漏れるリスクは増えるからね。それに何もかも全部話すことが、必ずしも誠意という訳ではないよ」


 実際の話、王家のゴタゴタなど知らなければよかった、という事案の方がよっぽど多いだろう。秘密の花園に下手に足を突っ込んで、質の悪い地雷でも踏んずけでもしたらそれこそ大変である。

 僕が付け加えるように擁護すると、ニーナはわかりやすいほどホッと息をついて微笑んだ。


「……彼女たちに変な気を使わせたくないし、迷惑かけたくないのよ」


 独り言のようなニーナの言葉に「そうだね」と僕が相槌を打つと、彼女ははっと気が付いたように慌てて顔を上げた。


「あっ! ち、違うのよ、私! リュシアンなら迷惑かけてもいいとか、そんなんじゃなくてっ」

「……うん? なに、どうしたの」


 急に椅子から立ち上がってテーブルに手を置いて身を乗り出したニーナに、僕は思わず仰けぞった。一体、誰に言い訳しているのだろうか。


「ちゃんとわかってるよ。薬にしろ魔法にしろ、たぶん僕は一番関わることになるだろうし……僕に隠しとおすのは現実的に難しいからね」

「……そっ、そうね、それも……、あるわね」


 ニーナは押し戻されるようにすとんと椅子に座りなおすと、僕の台詞をしばらく吟味したように呟いて、何故かちょっとだけ頬を膨らませた。

 ……なぜかちょっと不機嫌そう? 女の子は時々わかり辛い。


「僕の見解を言わせてもらえば、傷薬では今のアンソニー王子には効果は期待できないと思う。たぶん怪我自体は治っているし、あれは体力を回復させるわけじゃないからね。どちらかというと、魔力回復や体力回復系の薬のがよほど効くと思うよ」


 話を本題に戻すと、ニーナも少しだけ身を乗り出した。


「ホントに? 体力回復って、リュシアンのオリジナルのあれのこと」

「うん、これの神話級なら、もしかしたら意識を取り戻すだけの体力を回復するかもしれない」


 それを聞いて歓喜の声を上げそうになるニーナを、すかさず手のひらで制して人差し指を唇に当てた。悲鳴は止めて、人が飛んできちゃうからね。ついでにゾラも。


「でも、これって根本的な治療ってわけじゃないから……」

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