パーティ会場にて
別々にあてがわれた部屋での準備を終えた僕は、会場へと下りる階段のところでエドガーと再会した。
「あ、ここまででいいよ。場所はニーナから聞いてるし、ここを下りたらすぐ会場だから」
付き添ってくれていたフットマンにそう言うと、まるでお手本のようなお辞儀をして立ち去っていった。メイドさんもそうだけど、ここの使用人はみんなレベルが高いように思う。彼らを見ていると、ここの主人である公爵の為人がある程度見て取れた。
「……始めにその姿を見た時は、まんまリュシアンのままだ思ったけど、さすがにその格好だと誰だかわかんねぇな」
「そういうエドガーだって、まるでどこかの王子様みたいだよ。……喋ると台無しだけどね」
二人だけになると、エドガーは僕を上から下まで眺めて面白そうに笑って茶化した。すかさず取って返した僕の皮肉には、嫌そうに肩をすくめたが、あえて反論はしなかった。
エドガーはかっちりとした軍服、とまではいかないが、いかにも国のお偉いさんといった黒っぽい装いに銀糸をあしらったマント、という装いだ。僕の方は形は同じデザインなのに、何故か袖口からヒラヒラが出てたり(いわゆるドロップドカフスというやつ)、色合いも淡く白に近い。マントも金糸使いの白で、片側の肩に描けるタイプのものだ。
そんな風にスタイルは違えど、要するに二人ともすっかり七五三状態だということである。
衣装はすべてモンフォールから送られてきたもので、細かな指示は誰のコーディネイトだかはわからないが、昔から王族の正装は、軍事国家だった名残からか騎士風の装いだった。
「まだ招待客は半分くらいしか到着してないって言ってたけど、変な挨拶合戦は勘弁してほしいから、さっさと壁際のいい場所を取っとこうぜ」
壁際の良い席ってなんだよ、と突っ込みつつも、僕は大人しくエドガーの後ろに付いて行った。いわゆる疲れるばっかりの挨拶合戦に巻き込まれたくないのは、僕も同じだったからだ。
遠巻きでやくたいもない噂話をされるか、はたまた積極的に絡んで来るつわものがいるか、僕やエドガーなどは是非、前者でお願いしたかったが、世の中そんなに甘くなかったようだ。
僕達が会場入りすると、ざわり、と空気が動くのを感じた。それこそ、誰の付き添いもなくこっそりと入場したにもかかわらず、間違いなくかなりの視線がこちらに集中したのだ。
僕達は、あえて気が付かないふりをして、会場の中心から離れた所に置いてあるソファーに向かって歩いて行った。主役、もしくは館の主人が登場するだろう大階段の横には、主賓席のようなものもあった。
なんと僕達には、階段近くの目立つところに席があてがわれていたが、今、そんなところへ行くのは御免被りたかった。黙っていれば、たいしてお披露目もされていない他国の王子のことなど、わかりはしないと高をくくっていたのだ。けれど、内輪ばかりの今回のパーティに、王女の親しい友人枠で他国の王子二人が参加するとなれば、当然周りは放っておかなかった。
社交界というものは噂や情報が交錯する場所だ。例え、あまり顔出しをしてなくても美味しく肴にされてしまうのである。
今日は同じ年頃の貴族の子女も多く、全体的に堅苦しい印象はない。このパーティの趣旨がもともと社交界に参加してなかったニーナのお披露目なので、もともとが交流会のような催しなのだ。普段なら敷居も高くなる他国の王子相手にも、次々と顔を繋ぎたい貴族たちが群がって来た。
ここからしばらく、僕達は同じセリフを何度も聞かされる羽目になった。
「これはこれは、モンフォール王国の王子殿下。わたくしは……」
――と始まって、娘の紹介までがセットの挨拶を、一体幾つ聞かされたことかわからない。僕の名前はそれほど知れ渡ってていなかったのか、目立たないように横で大人しくしていたのだが、そのうちだんだんと巻き込まれることになった。
早めに逃げておけばよかった……。
「おお、こちらは弟君でいらっしゃいましたか、実は私には年頃の姪が……」
素性がばれた途端、こちらもセットになってしまった。
すっかり辟易としながらも、これはニーナの為のパーティーだと言い聞かせて、僕達は集まって来る貴族たちをちぎっては投げちぎっては投げ……したいのを抑えて、ひたすらニコニコと引きつった笑顔で対応していた。
終りのない挨拶攻撃に、パーティが始まる前からぐったり疲れてしまった僕は、はんを押したような同じ返事を繰り返しながら、ぼんやりと親戚のおばちゃんが持ってきた、うずたかく積まれたお見合い写真による攻撃を思い出していた。
そうこうしている間に、飲み物や軽食などが配られ始めた。
どうやら、そろそろ主役の登場の時間になったようだ。会場を横たわる大きく曲がった階段の辺りに、人々が集まり始めた。
やがて、階段の上の白い扉が開いて、公爵に手を取られたニーナが登場したのである。
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