村にて2
身を乗り出して村長に食って掛かったカエデも、さすがに驚いたように一歩下がった。無理もない、大司教といえばこの辺り一帯の教会をまとめる長である。
「村長からいろいろ報告は聞いておりますが、よもやこれほどの騒ぎをおこされるとは困ったものです。なにしろ村人を巻き込んでの皇帝陛下への抗議に始まり、さらには帝都からの正式の招待を足蹴にしたばかりか、しまいには自作自演の騒ぎを自ら解決して手柄を立てようというのですからな」
何がどうなったらそうなるのか、開いた口が塞がらないとはまさにことことだった。果たして、この大司教という人が本気で言っているのか、村長の口車に乗ったのか、それは定かではないが少なくとも厄介なことになったのは間違いなさそうだ。
なにしろ、ここには味方が一人もいない。おそらく村人たちに十分な情報は与えられていないだろうし、普通に考えて大司教なんて大物が出てくれば、そちらが正しいと思うに違いない。
「言いがかりも甚だしいわ! この薬は、正真正銘、ダンジョンの薬草から作ったもので、リュシ……冒険者に依頼して、昨日出来たものよ」
飲み水に毒が混入されたのは確かに大事件だが、こんな小さな村の、しかもまだ一人の死者も出ていない案件に、いきなり大司教が出張ってくるものだろうか? 当然、カエデのことと無関係ではないだろう。
すると、それまで僕の襟元に隠れていたペシュが、いきなり飛び出して村人の間を縫って教会の脇にある緑に生い茂る大きな木に飛び込んだ。
「ペシュ!? どうしたの……っわ」
思わず足を踏み出そうとすると、どこから出てきたのか、これまた白い装束の男たちが、サッと僕の前に立ちはだかった。それまで後ろで控えていたゾラが、すかさずその間に入ったので、白装束の男たちは幾分緊張したように後ずさる。
いきなり出てきた彼らには驚いたが、その詮索より今は取りあえずペシュである。ゾラの横から、首だけを伸ばしてそちらを見ると、茶色い塊がすごい勢いで木の葉を揺らして飛び出してきた。
ペシュかと思ったが、それは小さな猿のような獣だった。なんというか身軽で、跳ねるように地面を走り、人だろうが壁だろうが伝って走り抜け、逆さまでも平気で目にもとまらぬ速さで飛び回り、とある人物の肩へと飛び乗った。
ペシュもすぐに追いかけるように現れて、その人物の上空を威嚇するようにチチッと鳴きながら旋回した。
「あの人の従魔だったんだね……」
誰よりも高価な衣を着ている初老の男、それは言わずと知れた大司教だった。
ここ数日、ペシュが幾度となく気配を察知した、こちらを監視するような視線。もしあれが本当にあの獣の仕業だとしたら、主人である彼は最初からすべてお見通しということになる。そう、僕達が言っていることが事実であるということも、当然わかっているはずなのだ。
――これは果たして皇帝の思惑か、はたまた教会の勝手な暴走か……。
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