リン

 彼女は……あ、女の子だとしてだけど。彼女は、年齢でいえば十代半ばくらい、少し幼い容姿ではあるけれど、スラッとした快活な印象だった。髪は金髪で全体的に見れば長いんだけど、大きく段が入っており、さっぱりとして一見ショートにも見えた。

 瞳は、黒なのかな? なんだか不思議な色合いだった。あえて言うなら宇宙のような、そんな不思議な色だ。いや、僕だって宇宙は直接見たことはないんだけどね。そんな感じというか……。


「リュシアン様、おさがりを……」


 そこへきて、ようやくゾラが僕と彼女の間に割り込んで来た。


「おや、君は……前に、追いかけてこようとしてた彼だね」


 ゾラは怪訝な顔をしたが、僕には思い当たることがあった。以前、とんでもない未踏破ダンジョンに迷い込んだ際、落ちる寸前にゾラが手を差し伸べていたのを鮮明に覚えている。

 実はあの時、ダンジョンのモンスターを相手にしながら、後をつけてくる二つの魔力に気がついていた。だが、あの場所では正体不明の魔力溜まりは多数あったし、前方の敵と襲い掛かって来る敵に対処するのが精いっぱいで、行く手を阻むでもなく、敵意もない対象に、わざわざ関わっている余裕はなかったのだ。


「リュシアン、知ってる人?」


 カエデもやっと動くことが出来たのか、おそるおそる近づいて来た。警戒するこちらとは対照的に、前に立つ少女には、まったくもって緊張感が感じられない。ずっと、ニコニコと笑っている。


「いや、……知らない、のかな」


 僕は、やや煮え切らない返事をする。なぜなら、彼女には懐かしい何かを感じてはいるのだ。何の根拠もなく、安心できる匂いというか、気配というか、それを身体が覚えているような。

 でも、なにか齟齬があるというか、完全に一致しないことに戸惑っていた。


「リュシアンの事は、こーんな小さな頃から知ってるよ。その子、コウモリのことも知ってるから、すぐにわかったよ、リュシアンが近くにいるってさ」


 彼女は、自分のひざ下くらいの位置を手で示して、次にペシュを指差した。


「僕の名前……」

「え? ああ、そりゃ知ってるよ。だから言ったじゃん、まだ君がハイハイしてるような小さな頃にも会ったことあるんだよ。ひどいなぁ、覚えてないんだ。まあ、まだ小さかったから無理もないか。でも、あの時のことは覚えてないかな……ほら、湖のほとりで会ったでしょ」


 少女は、ゾラを押しのけるようにして僕のすぐ近くまで来て、その頭の上にいるチョビを撫でていた。ゾラはなぜか少女に逆らえず、そんな自分に戸惑うように、何ともいえぬ焦った様子を見せている。


「湖のほとり……いや、でもあれは、あの姿は……え、じゃあペシュのように人型に変化ができる魔族ってこと?」


 記憶の齟齬は、やはり彼女のその姿である。彼女の名乗ったリンという名前は、僕の中では獣の姿だった。ディリィという人物の従魔とか、そんな位置づけだろうと思っていたのだ。

 これで繋がった。彼女は、あの時見た馬……というか、獣だったのだ。湖で見た……そして、幼い頃にもたぶん僕は会っている。


「あははっ、魔族じゃないよ。ああ、この姿に驚いていたのか。そういえば、この姿で会うのは初めてだったかもしれないね。でも、これはべつに魔法で姿を変えてるわけじゃなくて、なんというかもう一つの本当の姿なんだよ。だからほら、これは髪じゃなくてたてがみ、よく見ると背中に続いてるでしょ?」


 襟ぐりをはだけて、背中を開けると確かに段の入った髪だと思われたそれは、短く背中まで続いていた。首の辺りの毛足が長いのでぜんぜん気が付かなかった。

 そして、角は耳の上あたりから、まるで斬新なカチューシャのように、頭に沿って前に突き出していた。……髪飾りかと思った。

 彼女は、その場で獣の姿になってくれた。

 たてがみは金、瞳は黒、顔は龍のように長いが、どこか優し気な表情をしており、あまりゴツイ感じはしない。肩から背中をびっしりと覆う鱗は一見無色だが、角度を変えると色々な色に反射して何とも言えず美しい。大きさはそれほどではない。まだ幼いのか、はたまたこれが標準なのかはわからないが、ミニチュアホースくらいの大きさでどこか愛らしい印象だった。

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