村長の無茶ぶり

 意地を張って、こちらの水場の水は使わないと息巻いていた村人たちだったが、実は何人かは背に腹は代えられず水を汲みに来ていたらしい。けれど、なぜか水場までたどり着けなかったというのだ。

 大体はこっそりと深夜に訪れていたようだが、さんざん迷った挙句に村に戻ってしまったり、大きな獣に追い掛け回されたりと理由はさまざまである。

 それを何とかしろと、こう言っているのである。


「それが乙女の意思なら、私にはどうにもできません」

「……水を独り占めしようというのか? 分かっているのか、ここも村の管轄地だ。それに村にはお前の家族もいるのだぞ」


 何言ってンのこの人。もともと乙女の呪いだから、ここの水などのめるか、とか言ってた人だよね? もし、ここの水が汲みたいなら順番が違うでしょ。まずは乙女の濡れ衣を晴らし、管理人であるアリソンさんにも謝るべきだよね。


「もっとも彼らは最近調子が良いらしいな。アンタが水を運んでいるのだと聞いているぞ。これを独り占めと言わずしてなんというのだ」

「私はこちらの水を使ってくださいと、以前から進言しておりましたが?」


 アリソンさんが家族へ運んでいたのは水ではなく作物だが、この場合は言っても始まらないだろう。


「実際に、使えないではないか」

「……あんな呪われた水を使えるか、とおっしゃいましたよね」


 ぐっと村長が詰まる。

 そう、もともとは使わないと宣言していたのは村人なのだ。管理人である彼女が清水で育んだ作物を、自己責任で家族に持って行ったことを責められる謂れはない。しかも、夜中になんの断りもなく盗人のように侵入してくる不審者を、例え乙女でなくても追っ払いたくなる気持ちもわからないでもない。


「ともかく何とかしろ、ここの管理はあんたが任されているのだろう? ギルドの出張所が出来るとき、ここを村人が管理するのを条件にしたのもこういう時の為だ」


 ようするに村の人間なら、村の為に尽くすのが当然だと言いたいらしい。

 アリソンさんは呆れたようにため息を吐いて、首を振った。


「私が任されているのは、ギルドの仕事であって水の管理ではありませんし、そもそも水の汚染については、お聞きになる相手が違うんじゃございませんか?」


 そう、ここの水が欲しいと言っている時点で、水の汚染が乙女の呪いのせいじゃないとわかっていることになる。それならここに責任云々を押し付けるのは筋違いだということだ。


「問題をすり替えるな! いいから水を寄越せ、今すぐに!」


 正当性がアリソンさんにある以上、口で村長に勝ち目はないのは目に見えて明らかだ。

 頭に血が上った村長は、ガタッと椅子を倒して立ち上がった。

 ……ちょっ、やば!

 アリソンさんの襟首に、村長の手が掛かるかかからないかの瞬間、僕は思わずその手首を掴んだ。身長差があるため、ちょっと……かなり、さまにならなかったが一応止めることはできた。


「な、なんだこの小僧は……!」


 すぐに僕の手を振り払った村長は、けれど同時にちょっと冷静になったのか、思わず手を上げそうになったのをごまかすように咳ばらいをした。

 行き場のなくした手をブラブラさせて、不機嫌そうに僕を睨みつけている。


「彼は冒険者ですよ。一応、ここはギルドの出張所ですからね」

「……冒険者だと? こんな子供が、か」


 アリソンさんの言葉を疑うように、僕の姿を上から下までじろじろと眺めて、またしても馬鹿にしたようにフンッと鼻を鳴らした。……それ、癖なの?


「僕は間違いなく冒険者ですよ。今は居ませんが、大人の連れもいます」


 変に勘繰られても困るので、ここはちゃんと冒険者だと納得してもらわねばならない。ゾラは冒険者ではないが、まあ嘘も方便だ。

 それが良かったのか悪かったのか、村長は何かよからぬことを思いついたようである。


「……よし、それなら冒険者、お前に依頼だ」

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