懐かしい風味
朝食を終え、外へ出てみるとその光景に驚いた。
昨日はすっかり陽が暮れており、街並みなどは見えなかったが、中世西洋風なモンフォールやドリスタンとは違って、なんというか一言で言うなら、和洋折衷な街並みだったのだ。
こんな所で和のテイストが混じった建物を見ようとは、よもや思わなかった。とはいっても、むろん全体的にはモンフォールの王都のような雰囲気に近い。
その中に、時折ポツンと瓦ようなものを葺いた屋根などがあったりする。もちろん民家とかではなく店舗や宿屋なので、一般的に普及しているという様子ではない。
なんだろう、初代皇帝の遺した文化なのだろうか? 時代に大きなズレがあるけど、やっぱり初代は日本からの転生……もしくは転移者ではないかと思ってしまう。もしそうなら会ってみたかったが、どちらにしてもはるか昔のことだし、それも叶わぬだろう。
ともかく僕らは、そんな市場や露店などを巡り消耗品の日用品の類と食料品などを買い揃えていった。さすが大きな町だけあって新鮮な果物、野菜、肉などが豊富にあった。自分たちで旅をするなら、狩りなどで多少は現地調達できるが、乗合馬車ではそうもいかない。フリーバックには、すぐに食べられるものなどいくつか補充することにした。
後は冒険者ギルドで錬金素材などを手に入れたい。当面は大丈夫だが、長丁場になると巻物用の材料がいくつか不足して来そうだった。
「リュシアンってマジックバッグ持ってるのね」
カエデが言うそれは、僕達がフリーバッグと呼んでいるものの事だろう。次々と品物をバッグに突っ込んでいくのを、カエデは面白そうに見ていた。その様子から、どうやらこちらでも希少な物らしい。
「あっ!」
「どうしたの?」
いきなり大声を出して立ち止まった僕に、カエデは驚いて振り向いた。
僕の視線は、とある店先に並んだ商品に釘付けになっている。露天ではなくちゃんとした店舗で、しかも僕が先ほど和のテイストの建物だと指摘した、その軒先に並べられていた。
店員らしき人が、大きな樽のようなものから店先に並べた皿にしゃもじでこんもりと盛っているのは、茶色くもったりとした物体! それは木のへらで樽から取り出されては、そそりたつ山のように形成されてゆく。
そして仄かに香るこの匂い。
まさかこれって、みそ!?
うそ、発酵食品があるの? いや、そういえば魚醤を見たことがあるし……そっか、大豆じゃないけど、マメもあるし、小麦のようなものもある。米だってあるんだから、当然と言えば当然かもしれない。
本当に味噌だとすると、めっちゃ役立つ。いわゆる屋外での料理の幅は広がり、万能調味料にもなる。
「す、すみません! それ、その……味噌? でいいのかな」
「はい、どれほど?」
指さす僕に、店主のおじさんはにこやかに対応した。
「え?」
「え?……なんです」
「み、味噌?」
「?……ミソがなにか?」
そっか、まんま味噌なんだ!
「いえ、そう! えと、すみません味見ってしてもいいですか?」
店の親父は小さな楊枝のようなもので味噌を削ぎ取って僕に手渡してくれた。匂いを確認して口へ入れると、なんとも懐かしい日本の味。試食でくれたものは濃い褐色の味噌だった。多少の渋さはあったが、とてもコクがあって美味しかった。少し薄い色合いのものは甘く、どうやらその二種類しかないようだ。
一通り見渡したが、残念ながら白みそはなかった。
ともかく間違いない、これは正真正銘味噌だ。
「じゃあその小さい樽のやつ、二種類一個ずつください」
「はいよ、……って、樽で?」
味噌を入れるお椀のようなものを片手に、オジサンは思わず僕を二度見した。
「樽で!」
ホクホクと小ぶりの樽をカバンに突っ込んでいく僕に、カエデとオジサンはどこか呆れた顔で見ていた。いやまあ、だってここへ来たのだってどういう経緯かわからないんだから、買える機会を逃すわけにはいかなかった。
「さて、食料品関係はこれでおしまいかな」
「味噌もだけど、すごくいっぱい買ったのね。そんなに長旅にはならないと思うわよ」
聖地までは馬車でゆっくり行っても三日程度の距離らしい。もちろん僕もそれは承知していたが、多すぎて困るものでも無し、備えあれば憂いなしというではないか。
「そうなんだろうけど、何があるかわからないしね。大丈夫、カバンに入ってる限りは腐らないし」
「そう、なのね」
さて、次は冒険者ギルドに行きたいところだけど、先に乗合馬車の出発状況とか聞いておいた方がいいかな?
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