冒険者カード

「あなた…、いえ、ごめんなさい。違うわね、同族かと思ったのだけど」


 リアムが入ってくるなり、カエデは何かに気が付いたように彼の姿を上から下まで確認して、すぐに肩を落としてぶしつけに見つめた無礼を詫びた。まるで迷子の子供が親に出会ったかのような勢いだったので、リアムはちょっとだけ気の毒そうに微笑んだ。


「私は人族ではありますが、多少なりとも魔族の血を引いておりますよ」


 彼女が魔族だと一目でわかったのだろう、リアムは事もなげに衝撃の事実を暴露した。今までのカエデの言動などから、彼女の世界において魔族と人族とは共存している様子ではあるが、少なくともこちらの世界では魔族は忌むべき存在として認知されている。

 後で詳しく聞いたのだが、リアムの一族は魔族と深い関わりを持っていたらしい。かつて人族は、魔族やエルフと縁を結ぶ者も多く、その交わりの中で高い魔力という恩恵を享受してきた。例にもれず、リアムの一族もそのおかげでモンフォールでの地位を確立し、今現在も貴族の名家として存続している。

 とはいえ、その魔力の源である魔族の事は、代を重ねるごとに隠されるようになり、すでに記録から抹消されてしまったご先祖様が、魔族のどんな種族であったのかさえ定かではないという。今となっては直系の男子に、その事実のみが口頭で伝えられているとのことだ。


「なんて不愉快な…、これで先ほどの人族の態度が頷けたわ」


 カエデは、不満そうに唇を尖らせている。

 種族の特性として夜を好み、生気や血を好むものも多く、どちらかというと闇に属する印象がある魔族。もちろん、必ずしも全部がそうではないし、ほとんどの場合、成人までにパートナーを見つけることで、誰彼構わず襲うということはない。正直なところ、眉唾な伝承や創作物語などの影響で、人族の多くが魔族を誤解しているのだ。

 

「リアム、どの程度あちらの世界の事を聞いてますか?」

「……すみません、私は長男ではないですし、特別なことは詳しくは知らされてません。もちろん、失われた大陸の事も、こちらの資料以上の事は知りません」


 お役に立てずすみません、と頭を下げるリアムにジーンは首を振った。魔族の血を引く彼ならば少し違った情報があるかと考えたのだろうけれど、どうやら当てが外れてしまったようである。


「いえ、こちらこそ立ち入ったことを聞きました。さて、どうしたものか」


 すっかり話に付いて行けず、傍観者を決め込んでた僕は、カエデの姿を改めて見つめた。

 容姿から察するにニーナと同じくらいだろうか?でも、たしか魔族の中にはエルフほどの寿命を持つものもいるというし、もっと年上かもしれない。額から覗くツノはなんだか鬼みたいだし、服装も和風と言えば和風だ。そうだ、名前。例の日本人みたいな名前…、偶然じゃないよね?


「…ねえ、あなた。さっき言っていた湖に連れて行って!」


 ぼんやりと考え事をしていると、思いつめたような顔でカエデがいきなりこちらを振り返った。そういえば、さっきそんな話してたね。リアムが入って来てうやむやになっっちゃったけど。

 両手を掬い上げるように握られて、「お願い」と頭を下げている。


「えーと…」


 もちろん困っている彼女を助けたいのはやまやまなんだけど、あそこは学園の所有地で、いわば部外者が勝手に立ち入ることが出来ない場所だ。ましてや、彼女をそこへ連れていくとなると、まずはじめに国境を越えなくてはいけない。僕の年齢や身分証では、彼女の保証人にはなりえないのである。


「学園の近くの湖というと、ドリスタンですか…」

「かなり遠い上に、…彼女は、通行証も持ってませんからね」


 身元不明の魔族を連れて国境を越えるのはかなりの難関だ。少なからぬ偏見も加わって、その行く手を阻むことは間違いない。さらに、麒麟?だっけ、その獣が世界を渡る力を持っているとして、果たして今もその場にいるのかどうかもわからないのである。


「身分証なら持ってるわ。言ったでしょう、私も冒険者だって…、と言ってもなったばっかりで、まだFだけどね」

「あーと…、いえ、向こうの世界のカードを渡されても……」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、カエデは腰のポーチから一枚のカードを取り出してジーンに手渡した。貰った本人を含め、僕たち三人はそれぞれ困惑したように顔を見合わせるしかなかった。

 ともかく受け取ってしまったジーンは、無駄だと思いつつもいつものようにカードに魔力を通した。


「え…、あれ?」


 途端に、戸惑ったような声が漏れた。

 ジーンは、サブマスターであるリアムに、慌ててその面を見せている。みるみるリアムの表情が驚きに彩られていった。

 なに、なに。そんな驚くことが書いてあるの?正直、リアムの微笑んだ表情以外の顔って、初めて見たんだけど。流石に黙っていられなくなり、僕も思わず立ち上がってそのカードを覗き込んだ。


「これって…」

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