薬草園での再会2
どうやら妹のリディの夏休みに合わせて、こちらに里帰りしていたらしい。もちろん生家はすでにないが、下町に顔を出し、ドワーフのトニーのところへ近況の報告に行き、その後はずっと薬草園でクリフの手伝いしていたというのだ。せっかくの休暇だというのに、まじめすぎる兄妹である。
去年の秋、リディは無事王立学校幼年科に入学した。まだ自分たちを買い取ることはできなかったらしいが、早く入学したほうがいいとエヴァリストが援助したのだ。一緒にピエールも奴隷の身分から解放しようとしたが、真面目人間の彼は、妹の分も自分の分もちゃんと稼いでから正規の方法で、と聞かなかったそうだ。
とはいえ、リディも学校を卒業したら専門職など実入りの良い職に就けるので、彼らが自由の身になる日も近いだろう。
「リディ、学校は楽しい?」
「はい、たくさん友達も出来ました。坊ちゃまも学校楽しいですか?」
「もちろん、楽しいよ。お互い勉強頑張ろうね」
引っ込み思案で恥ずかしがり屋だったリディは、ここ数年ですっかり少女らしくなり、舌足らずだった言葉も滑舌よく元気よく喋るようになっていた。学校へ行くと決まってからの約半年間、エヴァリストは彼女に一般教養と礼儀作法を教える教師をつけ、学校に入ってからも浮かないようにと腐心した。
そのおかげもあって、小奇麗な恰好をした彼女はどこから見ても立派なレディだった。もっとも今日は、リュシアンに挨拶をするということで少しおめかししているのだという。こっちに来て以来、ピエールと共に薬草園の手伝いをしているので普段は作業着姿なのである。
今もそのことを冷やかされて、照れ隠しにポカポカと兄を叩いていた。
「リュシアン、顔がダラしないわよ。まったくもう、デレーっとしちゃって」
「そっ、そんなことないよ」
「…まぁ、どっちかというと孫を見るおじいちゃんみたいな顔だけど」
微笑ましそうに兄妹を見ていたリュシアンに、ニーナがどこか呆れたように指摘すると、アリスも横で頷きながら肩を竦めていた。
「それな、…なんかコイツ、時々じじ臭いんだよなあ」
エドガーまでそんなことを言って、リュシアンを弄り倒した。
実際、父親目線だったことは否めない。とはいえ、普段からじじ臭いと思われていたとはちょっとショックである。
「昨日、旦那様から坊ちゃんが帰って来ていると聞いて、すぐにでも挨拶したかったんですが、どうやら爆弾発言をしたとかで大騒ぎだったそうですね。それで、クリフさんが今日こちらに来ると教えてくれたので待ってたんですよ」
昨日のうちに、薬草園で薬草や野菜を収穫することをクリフに伝えてもらったから、その連絡を聞いたのだろう。それにしても爆弾発言って、やっぱり冒険者になるって言ったことだろうか?
博識と言ってもいいほど、頭でっかちに知識のあるリュシアンだったが、変なところでズレていいるというか、今もって前世での記憶の方が長いこともあり、却ってこちらの常識や道徳に戸惑うことも少なくない。
もともと貴族はこうあるべきという心構えや慣例など、あまり熱心に学ぶことはなかった。他に覚えるべきことが多すぎたとも言えたが、当時は今よりもずっと精神的に切羽詰まっていたのだ。国を出るべく、冒険者になるべく、詰め込む知識が山ほどあったのだから。
「ピエール達はいつまでいるの?」
「向こうのお屋敷の事も心配ですし、リディの新学期の準備もあるので、今週中には王都へ向かおうと思っています」
こちらもエドガー達と同様、数日間の滞在らしい。せっかくだし一緒に食事でもと思い、リュシアンは今日のアフタヌーンティに招待しようとした。だが、ピエールは仰天して、奴隷の身分で雇い主の家族が囲むティータイムに同席するなどとんでもないと固辞した。確かに、立食ならともかく、ピエールたちにとっても下手に緊張するばかりでは楽しくないかもしれない。
それなら明日、薬草園でのティータイムに友人として招待するという形で、今度はきっちり了承させた。かなり恐縮していたが、リディも喜んでいたのでようやく頷いてくれたのである。
「あ、そうだ。クリフはいる?この付近で狩りがしたいから、言っとこうと思って」
「狩りですか?うーん…、あの、旦那様のお許しは出たのですか」
「え…?いや、だってこの付近だけなんだし、父様にはなにも…、って何かあるの?」
この森の手前付近は、それこそウチの少々手練れな使用人あたりなら、ちょいと行って獲物を狩ってくるくらいはしているのだ。それに、ロランたちが普段から屋敷の近隣はマメに探索して、危険な動物や魔物が徘徊していないかチェックしてくれてもいる。
だからこそ、リュシアンはこのあたりだけなら、クリフに連絡するだけでいいだろうと思っていたのである。
「実は、今日は早朝からロラン様と数人の騎士様、あとクリフさんが森へ入ってるんですよ」
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