ネズミパニック2

 それはキックラビと小鼠プチラットの大群であった。

広間の角にある下り階段から、まるで逆流するの滝のように灰色の群れが流れ込んできている。


「まずいっ!全部と戦闘状態になれば、いくらなんでも厄介だ。キュアだって間に合わない…」


 リュシアンは、咄嗟にチョビに魔法を使わせるか迷った。前方一面、すべてはモンスターである。今なら味方を巻き込むことはない。

 チョビを普段使わないのは、確かに戦闘に於いて条件が難しいということもあったが、なにより魔法やスキルが反則級ということがあった。それこそチョビの力を出したら、授業もへったくれもない。

 本来は、従魔の力は主人の実力のうちとされるので、別にインチキでもなければズルでもないのだが、いわば学園の中での、リュシアンの勝手な縛りのようなものだった。

 だが、命の危険があるとなれば話は別である。


「チョビッ!前方モンスターに向けて、火炎放…」


 チョビに指示しようとしたその時、リュシアンの肩にかかる金髪が風に煽られたようにフワッと舞い上がった。


「…っえ?な、なに」


 ペシュがチチチッ!と鳴いて、いきなり飛び出してきたのだ。

 そういえば、ずっと周囲探索をさせたままだった。何かを感じ取ったのだろうか?

 ペシュに気を取られ、リュシアンはチョビに指示を出すのが遅れた。はっ!と気が付いた時には、灰色の波がすぐそこまで押し寄せてきていた。


「…し、しまっ…!!」


 流石のニーナとアリスもあまりのネズミの大群に身を竦ませ、エドガーは素早く風の防御壁、ダリルも土魔法で前衛の前に障害となる壁を立てた。

 けれど次の瞬間、襲い掛かってくると思われた大群は、リュシアン達の前で二つに分かれ、まるで灰色の川と化した鼠たちの集団が脇目も振らず過ぎ去っていった。


「え?え…、なに?」

「通り過ぎちゃっ…た?」


 ニーナとアリスは、思わず呆然とモンスターが消えた方向を振り返った。


「…ちょ、ちょっと待って、ペシュ!どこいくの」


 戸惑いを隠せない皆だったが、そんな中でリュシアンは、さっきから様子がおかしいペシュが、急に広間の中央辺りに飛んで行ったのを追いかけていった。


「リュシアン?!一人で行くな、危ないだろ」


 エドガーがすぐに気が付いて、後を追っていき、それに気が付いた皆が追いかけてきた。


「ごめん、でもペシュが…」


 中央辺りで小さく旋回しているペシュの下には、鉱石やモンスターのドロップ品に混じって小さな白いものが落ちていた。


「白い…なんだろ、毛皮?なにかのドロップかな」

「うーん、そうかな?」

「いや、ずいぶん小せぇが、あれは…」


 エドガーやダリルも薄暗い中、目を細めるようにしてそれを注視した。

 ふと、何かに気が付いたダリルが確認しようと足を向けたので、リュシアンが慌てて追おうとした時、今度はアリスの息を飲むような声が聞こえてきた。


「や、やだ…嘘でしょ。みんな、あれ見て!」


 初めは階段が濡れているのかと思った。にゅるんとした粘液状のものがペタン、ペタンと音を立てながら段差を登って来た。


「そんな、なぜ1階層にジェリーが?」

「いや、そんな悠長なことを言ってる場合じゃなさそうだぞ。団体様だ」


 にゅるん、ぺたん、にゅるん、ぺたん。

 プルプルボディの赤い寒天状のそれが、次々と階段を昇ってくる。

 エドガーは前衛を後ろに下げて、フリーバッグからミスリルの杖を取り出した。


「ここは俺たちの出番だな。…って、おい!ダリル何やってんだ、早くこっちに来い」

「…喚くんじゃねえよ、うるせぇな!わかってんよ」


 しゃがみこんで何やらやっていたダリルは、エドガーの呼びかけに面倒くさそうに怒鳴り返して立ち上がった。


「今行く!」


 様子を一部始終見ていたリュシアンは、なぜか小さく笑ってダリルの後を追った。

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