商談
リュシアン・オービニュ。
確か、モンフォールの伯爵家の息子だったか。
なるほど、アリスがご執心のはずだ。姿は子供だが、どうして、その居ずまいはまるで老成した大人のようだ。賢い子供にありがちな奢った様子は一切なく、幼い顔に似合わぬ、理性を備えた人並み外れた知性を感じる。
商人であるパトリックは、人を見る目には自信があった。
彼の鑑定の能力は、対人ではそれほど効果を発揮できなかったが、それでも判断材料にはなりえた。これまで商売をしてきて、そのおかげで助かったことは数えきれないほどだった。
「はい、それはヒヒイロカネです」
リュシアンは、さも当然のようにさらりと答えた。
「…これがひどく希少なものだと理解しているんだね?」
父親のどこか固い表情に、アリスは不安そうにリュシアンを見た。ニーナやエドガーも同様だ。パトリックは娘たちの反応を見て、この事実を知っていたのはこの少年だけだったのだと察した。
そしてパトリックがこのことに気が付かなければ、彼は何事もなかったかのようにシレッとこの鉱石を仕舞っていただろう。
ヒヒイロカネ、三百年ほど前に忽然と姿を消した幻の鉱石。
もともとダンジョンでしか採掘されず、それも八十階層を超える地下型のダンジョンでしか確認されたことはない。性能は抜群で、武器はもちろん魔法道具を作る際にも重宝されたが、その採掘される場所の特異性から、安定した採掘は出来ず、当時から超レアな鉱石であった。
今となっては、その頃作られた刀や、既存の魔法道具に加工された物しかなく、鉱石としてはおそらく何百年ぶりに地上に姿を現したのだろう。
たとえ王族であろうと、そうそう容易く扱えるものではなく、もし採掘場でも見つけようものなら戦争にもなりかねない代物であった。
小さなコブシ大の鉱石。
リュシアン以外の全員が、呆然とその石ころを眺めていた。
「僕は、この鉱石が貴重な物だとは知りませんでした。ただ、鑑定でその事実を知り得たに過ぎません」
この鉱石を鑑定するにあたって、リュシアンは物質鑑定最上級の魔法陣を展開せざるを得なかった。名前より、性質より、その過程こそが、これがレア中のレアの品物だと確信したのである。
アリスには悪いけれど、これから協力を仰ぐかもしれない人物として、彼が信用できるかどうか試すのに丁度いいと思ったのも事実である。
アリスや他のメンバーの様子を見てもわかるように、それはただの鉱石にしか見えなかった。それを鉄鉱石だといえば、おそらくアリスたちは信じただろう。もちろんリュシアンにはわかっていたが、もしこの場で鉄鉱石として買い取られたとしても、一切何も言わなかったに違いない。
パトリックの鑑定では、ヒヒイロカネを特定することはできなかった。正直、リュシアンがその名を答えたとき、誰よりも驚いたのは彼だったかもしれない。それでもレアなものであるのは、鑑定できないその事実こそが、それを物語っていたのだ。
確かにそれを懐にしまえば、それだけで一財産あったかもしれない。けれど、それは同時にこの少年との商談の終わりを告げることをパトリックは理解していた。どちらが、より利益を生むのかということも。
「アリスが君を信頼しているように、私も君を信用しよう。君の名において、これらが疚しい品物でないと断言するなら、私は出来る限り協力するよ」
パトリックはそう言うと、まるで大人を相手にするようにリュシアンに握手を求めた。
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