ティータイム

「はぁーい、差し入れ持ってきたわよ」

「…っ!?あだっっ!」


 扉を開けようとノブに手を掛けたエドガーは、勢いよく開いた扉に激突した。訳が分からないうちに顔面を強打されて、エドガーはよろよろと後退る。


「あら、何かにぶつかった?」

「このっ、ぶつかった?じゃねぇよ、危ないな!了解もなく開けるなよ」


 それ、エドガーは他人の事言えないよね。

 呆れながらも、リュシアンはその珍客の方に驚かされた。


「ちょ…、ニーナ。ここ男子寮だよ」


 そう、来訪者の正体はニーナとアリスであった。たっぷりのフルーツを入れたバスケットを両手に抱えて、部屋の入口で手を振っている。アリスは、ちょっと腰が引けているのかニーナの後ろから覗き込んでいた。


「いいのよ、まだ寮生もほとんど戻ってないもの。現に、ここまで誰にも会わなかったわよ」

「いいわけあるかーっ!帰れよ」


 ぶつけた鼻を押さえつつ、エドガーはひどくご立腹だ。


「あら、まだ名前悩んでるの?これ差し入れ、ここに置くわね」

「無視すんなっ」


 エドガーの制止もするりと躱して、ニーナは部屋の真ん中にあるテーブルにバスケットを置いた。振り向いたリュシアンが、いまだにコウモリを前に机に向かっているのに気が付いて、ニーナは傍に寄って行った。アリスもそそくさとニーナについていく。

 エドガーは不貞腐れたように扉を閉めて、テーブルに置かれたバスケットに手を突っ込み、適当に掴んだフルーツを八つ当たりのように丸齧りした。


「なかなかピンとこなくて。いい案ないかな」

「そうねぇ、でもやっぱりリュシアンが考えないとダメなんじゃない」

「私も従魔なんて持ったことないし、よくわかんない」


 なにかヒントはないものかと相談したが、ニーナとアリスは素気無く首を振った。

 確かにね、自分で決めないと意味ないか…


「ねぇ、あんまり悩んでも煮詰まっちゃうだけだし、お茶にしましょうよ」

「さっき外出して果物買って来たんだ、食べよう」


 要するに、おやつのお茶をリュシアンにねだりに来たわけだ。でも、確かにちょっと気分転換したほうがいいかもしれない。

 リュシアンは先日の帰省の際に、お茶用にとクリフにたくさんハーブを持たされていた。こっちに着いてからいくつかブレンドしておいたそれと、ティーセットを棚から取り出してテーブルへ持ってきた。

 フリーバッグからは一枚の巻物。


「あれ、リュシアン巻物使ってるの?」


 魔法陣が展開して、金属製のポットいっぱいに水が注がれた。それを火にかけながら、リュシアンはアリスの問いかけに少し苦笑して頷いた。


「戻ってきたら、また使えなくなってたんだ」


 というか、元の状態に戻ったのだろう。理由はわからないが、もしかしたらあの場所が特別だったのかもしれない。

 ティーポットに茶葉を入れてお湯が沸くのを待っていると、ニーナとアリスは何かを期待するようにじぃーっとリュシアンを見つめていた。

 その横では、エドガーがむしゃむしゃと果物を食べている。


「あ、はいはい。夕食にひびかない程度にしてね」


 再びフリーバッグに手を入れ、リュシアンは焼き菓子がたっぷりと入った丸い缶を取り出した。それと新作のプリンを追加して、テーブルに並べた。昔ながらのプリンというやつだ。蒸して作るやつね、めちゃ簡単。


「わぁ、美味しそう。ここに来ればお菓子があると思ったのよね」

「なんだ、たかりに来たのかよ」

「あら、ちゃんとこうしてフルーツ持参で来たでしょ」


 さっきからエドガーがバクバク食べているやつである。エドガーは、ふーんと素知らぬ風でそっぽを向いた。

 リュシアンは全員にお茶を注いで、それぞれにカップを手渡した。ようやく座って、バスケットの中の果物を覗き込む。名前や姿は微妙に違うが、バナナや林檎、オレンジ、葡萄に桃。結構、豊富な品揃えである。

 リュシアンは桃やメロンが好きだった。残念ながらメロンはなさそうである。やっぱりこちらでも高級食材なのだろうか?ぼんやり考えながら、何気なく桃を手に取る。少し大きめではあるが、確かに匂いも桃だった。

 

「それにね、相談もあったのよ」


 付け加えるように言うニーナに、アリスも横でうんうん頷いている。さっきまで突っかかっていたエドガーも、その言葉に「あっ…」と何かを思いついたように顔を上げた。


「なに、エドガーも知ってるの?」


 桃は切って食べるのかなぁとか考えながら、リュシアンはニーナの相談とやらに興味をひかれた。

 すると、ビュッと何かが目の前を横切って、桃が一瞬のうちに真っ黒になった。いや、真っ黒いものに覆われた。


「えっ!?な、なに」


 両手をいっぱいに広げたコウモリが、桃に張り付くようにしてしがみついていたのである。

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