帰宅

 順調な馬車の旅を数日経て、リュシアン達はオービニュ伯爵領へ入った。懐かしい街並みを眺めながら、丘の上の屋敷へと向かっていく。

 ここまでくると、ここ数日らしくもなくナーバスだったリュシアンも、いつもの調子を取り戻しつつあった。


「見えてきた、ほらあそこ」

「おお、でっけえ庭園が見える。つか、森かよ。かっこいいな、探検できそうだな」


 周りを森と薬草園で囲まれた屋敷をリュシアンが指さすと、エドガーは今にも馬車から飛び出しそうな勢いではしゃいでいた。それを言ったら王宮にもすごい庭園があるわけだけど、屋敷の奥に見える広大な魔境への森も含め全部を指しているのだろう。あの森は魔境のお膝元で、たまに高ランクの魔物も出現する危険な場所でもあるから、探険などされては困るわけだけど。


「まあでも、勝手に入ったら怒られそうだけどな」

「……うん、怒られた」


 口で言うほど無謀ではないのか、すぐに諦めたエドガーが肩をすくめたので、リュシアンは一安心するとともに、過去の失敗をつい吐露した。

 小さな声でぼそりと告白したリュシアンに、エドガーはちょっと驚いたように口をポカンと開けたが、すぐにキラリと目を光らせると「やるなっ」とばかりに親指を立ててジェスチャーを送ってくる。こういうところは王子様といえど普通の男の子なんだなと思う。

 やがて馬車は、シンメトリーの庭先を、真ん中の噴水を回って玄関先に到着した。


 エドガーの姿を見ると、リュシアンの両親である伯爵夫妻は、恭しく礼を取り深く頭を下げた。恐縮したエドガーが非公式に寄っただけで、友人の家に遊びに来ただけだからと、そのつもりで対応してくれるように頼んだ。

 それを快く受け取って、二人は改めて息子のリュシアンに向き直る。

 

「リュク、お帰りなさい」


 アナスタジアは一年も会えなかった息子を慈しむようにぎゅっと抱きしめて、そっと頬に手を添えた。エヴァリストも元気そうなリュシアンを見て、どこかホッとしたような笑みを浮かべていた。


「無事で何よりだった」


 小さく呟いた父の声に、船での出来事を知っているのだと確信した。おそらくゾラが、魔石での通信を使って知らせたのだろう。陛下は仕方がないとして、まさか実家にまで情報が筒抜けになるとは、とリュシアンは口止めしなかったことを後悔した。

 さすがのリュシアンも、あの時の精神状態ではそこまで気が回らなかったのだろう。


「それにしても、リュク……」

「は……、はい、父様」


 いささか心配そうな表情になって、エヴァリストがリュシアンに問いかけてきたので、それこそ「ほらきた!」と身構えて、緊張した面持ちで父親の顔を見上げた。


「なんだか……、背が縮んでないか?」

「……っ!?」


 リュシアンは、ばくーんっと口を開けた。

 ある意味、どんな言葉よりショックだった。周りとの成長の差をあえて考えないようにしていたリュシアンに、父親はざっくりとメスを入れたのだ。


「ちゃんと伸びたよ! ……ちょびっとだけど。言っておきますが、エドガーがおかしいんですからね」


 父親の視線が、隣に立つエドガーをちらりと垣間見たのを、リュシアンは見逃さなかった。何しろ二年前、エヴァリストもエドガーに会っているのだ。例の謁見の間へと続く、あの廊下で。

 その時からしたら、確かにエドガーは順調に成長し、恐らく平均よりかなり体格がよくなっているだろう。それに、アリスに指摘されたあの日からしっかりと鍛えてるのだ。

 けれど、これはそれだけではなく遺伝的なものもあると思う。陛下はかなり大柄な方だし、あのイザベラにしても、かなりの長身ですごい高いところから見下ろされた記憶がある。

 リュシアンにしても半分は同じ血を引いてるはずなのだが、もしかしたら生母が小柄だったのだろうか、と首を傾げざるを得ない。

 どちらにしても、平均よりもかなり小さい自覚はあったのだけれど。

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