狩り
キャンプ実習の朝は早い。
生徒たちは、身だしなみの為に川辺に集まっていた。湧き水や川の水はとにかく冷たく、あの水で顔を洗うにはかなりの勇気が必要だ。一方、リュシアン達の班は昨日の夜に水を汲んでおいたので、それなりにぬるまった水で全員顔を洗っていた。
「今日、訓練あるのはエドガーとマシュー…、っと、うわ男子偏ったわね。午後からは、ほとんど女子ばっかりになっちゃうんだ」
これで狩りはきついわね、とアリス。
「僕も、今日は狩り班だよ」
「リュシアンは、山菜狩りの方へ参加したほうがいいんじゃない?」
長い黒髪を梳かしながら、ニーナは張り切るリュシアンに水を差す。
「なんで!?」
「だって、昨日倒れたばっかりでしょ?」
「そうそう、だいたい午前中には俺たちだって狩りに参加するんだから、出番ないかもな」
「そんなのとっくに大丈夫だよ」
不満そうに唇を尖らせたリュシアンに、エドガー達男子組が、さらに煽るように付け足した。
「ところでお前、さっきから何やってんだよ?」
竈の前で、お湯を沸かしてごそごそやっているリュシアンに、手拭いを首にかけたエドガーが覗き込んできた。
「ちょっ、エドガーしずくが落ちてる! ちゃんと拭いてよ」
顔を近づけて手元を見ようとしたエドガーの額を、リュシアンがピシャッと叩いて退かせると「いてぇ…」と文句を言いながら、それでも素直に手拭いで顔を拭いていた。最近、俺に遠慮ないよなー、とかブツブツ言っているが「出会ってこのかた遠慮などしたことはない」と断言するリュシアンである。
「もうちょっと待ってて、すぐできるから」
朝食の干し飯をちょっとでも食べやすくしようと調理していた。昨日川辺に行く途中で、少しだけ薬草を採取していたことを思い出して、即席のお粥を作ろうと思ったのだ。ヨモギによく似た姿形で効能もそっくりなそれを、茹でこぼして細かく刻み、お湯で戻した干し飯の鍋に入れる。この薬草は、実家の薬草園にもあったのですぐにわかった。
今日からは、自力で採取した物か干し飯、乾パンしか食べられない。
多くの生徒は、朝食は乾パンと水という感じのメニューだが、朝はやっぱり温かいものが食べたい。
「リュシアンって、料理も上手よね」
「ホント、お嫁に欲しいわ」
温かい薬膳粥をテーブルを囲んでみんなで食べていると、ニーナとアリスはこぞって褒めちぎった。料理というか、ただ混ぜて温めただけのものにこうも感心しているようでは、獲物を取って来ても碌な料理もできないんじゃないかと不安になってしまう。
もっとも貴族の子息の多い学園の生徒の自炊力など、はっきり言って当てにするだけ無駄だともいえる。なんの頓着もなくサクサク獲物を捌いていたピエールの、なんと頼もしかったことだろう。
食事の後片付けが終わると、さっそく森へと出発した。
午後から訓練のある男子チームと、武道科上位のニーナとアリス、それにリュシアンが狩り組。あとは新入生を含め、薬草学を取っている生徒を入れての山菜狩りである。
学園がはった結界の境界は、すこし曖昧ではあるけれど一時間以上歩かないと越えることはないというので滅多なことでは越えることはない。
「獣道があるわね。ほら、ここ牙で削った跡があるわ」
さっそくアリスが、獲物の痕跡を見つける。確かに木の幹に、数か所削れた跡がある。
すると、ちょっと遠くから人が騒いでいるのが聞こえてきた。どこかの班が獲物でも見つけたかと、エドガーなどはますます張り切ってガサガサと茂みに突進していった。
「ちょっと、エドガー。危ないわよ、いきなり突っ込まないでよ」
「イノシシと間違えられても知らないわよ」
ニーナが上級生らしく無謀な新入生を窘めてそれにアリスが茶々を入れた時――、
「逃げろっ! モンスターだ!」
エドガーを押しのけて、転がるように茂みから飛び出してきた生徒が血相を変えて叫んだ。
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