手作り石鹸

「あー、びっくりした」


 ニーナは思わず座り込んだ状態で、つややかな黒髪もまるでお化けのようにざんばら頭状態だ。すぐに気が付いて慌てて手櫛で整えると、流石のキューティクルのおかげかすぐにいつものお姫様ヘアーに戻っていた。


「ごめんね、驚かせちゃったみたいで。一体なんだったんだろう?」


 リュシアンは、尻もちをついているニーナに手を貸して立たせると、不思議そうに首をかしげていた。


「今まで、不発だったことは?」

「ううん、思ったのと違うことはあっても、不発だったことはないよ」


 ニーナは人差し指を顎に当てて、うーんと考えてパッと顔を上げた。


「リュシアンじゃなかった、から?」

「……え?」

「たぶん、私だったから不発だったのよ」


 そもそも巻物の便利のところは、属性が無くても、そして誰であっても発動できることである。ところがこのリュシアンが念写で描いた魔法陣は、他人では発動しないようなのだ。

 そういえば、今まで他人に発動させたことがなかった。


「そ、そうなのかな?」

「さっき見てたけど、リュシアンの魔法陣はたぶん魔力のみで描かれている。一般的な魔水と墨で書かれている物とは別物なのかもしれないわね」


 要するにリュシアンが描いた魔法陣は、自分しか発動できないということだ。これは、もしかして魔法陣のテストとかで不合格になったりしないか、と心配をするリュシアンであった。


「それにしても、エルフの生活魔法って本当に便利ね。あんな、めちゃくちゃな属性仕様じゃなければ、すごく役に立ちそうなのに」


 ニーナは、自分からほんのり香る石鹸のいい匂いにニコニコである。


「あ、でもこの石鹸はリュシアン作なのよね? これもすごいわね、普通の石鹸と全然違うわ。あれには香りは全くないもの」

「リラックス効果のある花や、保湿効果のある薬草がブレンドしてあるんだ」


 石鹸はあるにはあるけれど、お風呂文化はそれほど発達しておらず、少なくとも一般市民は毎日お風呂にはいるということはない。

 石鹸などは、洗えればそれでいいという感じだ。驚いたことに、同じ石鹸を洗濯などにも使っているくらいである。ごく稀に貴族用にと香りをつけた石鹸はあっても、その泡立ちや、保湿効果などに腐心しているものはないのだ。


「だからこんなにすべすべ、しっとりするのね」


 ともあれ、ニーナに満足してもらえたようでよかった。


※※※


 いよいよ、キャンプも二日目。

 お昼にある武術科の訓練以外は、自由時間だ。もちろん、自由ではあってもイコールやることがないわけではない。授業時間以外の全員で、本日は狩りと、キノコなどの山菜採りをするらしい。

 サバイバル実技が、いよいよ始まった。

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