続々・生活魔法

 服やら髪やらに顔を寄せられ、執拗に問い詰められたリュシアンはついに観念して事情を話した。

 殊更に隠すつもりはなかったが、考えてみたらまだニーナたちに魔法陣で魔法を使うところを見せてなかったのを思い出し、ちょっと躊躇してしまったのだ。

 何しろあれは、かなり中二っぽい絵面なのだ。


「ずるいわ、自分だけさっぱりするなんて」


 男の子より汚れてる女の子の気持ちになってよ、と拗ねるニーナ。

 とはいえ、班の全員にというには巻物が足りない。なにぶん効率の悪いエルフ魔法だ。リュシアンは、なかなか諦めないニーナに、仕方がなく「あとで一人で来て」とこっそり耳打ちした。


「…え?! あ、……うん、わかったわ」


 なんとか納得した様子に、リュシアンはホッとしてお茶のおかわりの為に、水の入ったポットを再び火にかけた。


「ねえ、さっきの話だと、その水もリュシアンが出したのよね?」


 お茶を飲みながら、ポリポリとクッキーを頬張っているアリスが、やがて不思議そうに首を傾げた。どうしてこの魔法が脚光を浴びなかったのか、不思議でならないらしい。


「まず呪文魔法としては、使える人が極端に少ないってことだね」


 光と水、その二つを持つ者は極めて稀である。しかも、人族にとって魔法とは剣や槍と同じで攻撃手段でしかなく、希少属性をもつ人物に、わざわざ水を作らせている余裕などなかったのだ。

 それなら巻物はどうだろう。あれは、どんな属性でも使えるアイテムだ。

 しかし、前にも言ったが巻物はなかなかに高価なもので使い捨てである。しかも、その都度複数枚必要で、当然のことながらそれなりの魔力を持った魔法使いも必須である。学園には魔力持ちが多いため、忘れがちではあるが、魔力を持つ人間は現実には半数もいないのだ。これらすべての条件を揃えるよりも、水樽一つ持って行った方がやはり効率がいいだろう。


「水と光じゃあねえ……現実的には、無理か」


 お茶のおかわりを待ちきれなくなったのか、アリスは自分でポットを取りにいって茶葉の入ったポットへと熱湯を注いだ。


「リュシアンも、座ったら? 飲むでしょ」


 そういえば、ずっとホストとして無意識のままつっ立っていた。アリスの気遣いに頷いて、追加のクッキーの袋をフリーバッグから取り出すと、リュシアンはエドガーやニーナがいるあたりの隙間に椅子を割り込ませて座った。


「ありがとう、アリス、貰うよ」


 受け取った熱いお茶を、ふうふうと息を吹きかけて一口飲むと、ようやくほっと息をついた。


(美味しいよね、この水……自分が作った水ながら、自画自賛しちゃうよ)


 ここで一つ、ふいに疑問が浮かんだ。それは、誰が作っても同じなんだろうか? という疑問だ。


「エドガーも、水出してみてよ」

「……は? なんで俺が」


 突然思いついたリュシアンにねだられて、エドガーは戸惑った。そうなのだ、エドガーなら巻物などなくても簡単にこの魔法が使える。お手軽に、手っ取り早く試せるのである。


「出来ると便利だよ、ほらほら」


 いやだ、と相変わらず攻撃魔法以外に偏見を持つエドガーは、そっぽを向いてそっけない態度をとった。

 嫌なら仕方がないとリュシアンは諦めたが、心底がっがりしたようにしょんぼりとお茶をすすっている様子を見かねて、エドガーは大きなため息をついて「わかったよ」と、しぶしぶ了解する羽目になる。

 斯くして、振る舞われた「水」をみんなで試してみた。


「……うーん、なんだろう雑味がある感じ?」

「リュシアンのに比べると、ちょっと大味ね」


 男子たちは特に何も言わなかったが、ニーナを始め女子たちはきゃっきゃとテイスティングを始めて、好き勝手に批評を始めてしまった。エドガーは、なんだか下を向いてプルプル震えいる。


(ご、ごめんね、エドガー。なんか余計な事しちゃったかな)


「うん、でも美味しい」


 熱々のお茶をすすりながら、リュシアンは思わず呟いた。みんなは大味だっていうけど、なんだかぶっきらぼうな素朴な感じがエドガーっぽくていいと思った。

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