ファビオの友人

「ところで、ファビオ兄様は今日はどうしたの?」


 最近は毎日指導を受けていたはずの兄が、いつまでもやってこないことにリュシアンは今頃気が付いた。

 ロランの本来の使命がなんなのかはともかく、今はファビオの師匠なんだからリュシアンが独り占めするわけにはいかない。ロドルクの時も反復練習こそ一緒に稽古してはいたが、基本的には手が空いているの時のみ指導をうけていたのだ。


「ファビオ様は今日は休ませることにしました」


 ひどい筋肉痛と倦怠感でダウンしているというのだ。本人は這うようにしてやって来たらしいが、筋肉が傷ついてるときに無理に動くのは無意味だし、危険なので強制的に帰した。

 残念ながら無属性魔法の素質のないファビオは、身体を鍛えるなら普通の段階を経てコツコツやっていくしかない。それでも学園都市から帰って以来、割と張り切ってロランに教えを受けていただけに、さぞかしガッカリしただろう。

 

(後でお見舞いにいこう、ついでに学校の事も聞きたいし……)


 ファビオの真面目さは折り紙付きだ。何でも頑張りすぎるきらいがあるので、無理をしないか周りが気が気ではないほどである。エヴァリストがロランを付けたのは、護身術程度の武術と、あとは運動不足解消くらいの軽い気持ちだったかもしれないが、本人はやるなら徹底してやらないと気が済まないのだ。

 それでも人には向き不向きがある。ロランの教えは、基本的には無属性魔法ありきなので、普通の人間がついてこようとすれば身体を壊しかねない。

 ロランはその辺を考えてメニューを考えてはいたのだが、リュシアンも一緒にやっていたので、おそらくそれにつられてオーバーワークしてしまったのだろう。


「とはいえ、ファビオ様が求めるのであれば、特別メニューをこしらえることも吝かではありません」


 きっと立派な騎士にしてみせましょう。と、元祖真面目人間のロランは異様な張り切りを見せている。


(いや、目指してないと思うよ、騎士……。兄様、ファイト)


※※※


 リュシアンは朝の稽古を済ませると、さっそくファビオの部屋を訪れた。

 寝込んでいると思いきや、いつもと同じように机に向かってなにやら熱心に本を開いて読みふけっていた。


「勉強の邪魔しちゃった?」

「いや、大丈夫だ。どうしたんだ? 珍しいな、俺の部屋にくるなんて」


 お見舞いに来たつもりだったが、思ったより元気そうでいささか気が抜けた。ファビオの問いかけに、リュシアンは曖昧に笑った。


「……ああ、師匠に聞いたんだな。情けないよ、まさかあんなに体力ないとは思わなかった。無属性がないとはいえ、お前の足元にも及ばないんだからね」


 照れくさそうに頬をひとさし指でかいたファビオは、もう少し頑張って体力つけるよと言った。

 心配しなくてもロランがめちゃくちゃ張り切ってた、とリュシアンは気の毒そうに心の中で付け加えた。


「その代り、兄様には魔法属性があるじゃないか」

「まあ、そうなんだけどね。そうだ、属性で思い出した。聞いたぞリュシアン。魔法が使えるようになったんだって?」


 痛む身体を引き上げるようにして立ち上がったファビオは、部屋の中央にあるテーブルへと弟を促してから自分も早々に腰かけた。平気そうな顔をしているが、筋肉痛は相当辛いようである。


「お前に魔力がない、というのはおかしいと思ったんだよね」


 その言葉にリュシアンは、はっとした。


「兄様は…、僕のこと知ってるの?」


 テーブルに用意されていたお茶のポットを取り上げた手を、ファビオは一瞬止めたが、ほどなく隣の容器から茶葉を二匙すくうとポットへと落とした。そして金属の水の入った別のポットに指を当てて短い呪文を唱えた。

 すると驚いたことに、茶葉の入ったポットへと注がれたそれはお湯になっていた。


「え…? あれ、それってまさか」


 リュシアンが書物で見知った呪文とは異なったが、エルフの生活魔法だと確信した。


「友人がエルフの生活魔法に興味津々でね。呪文の簡略化と、必要属性の軽減を研究していたんだ。俺もそれに巻き込まれてね」


 巻き込まれたと言いながらも、ファビオはどこか楽しそうに言った。


「もちろん、エルフが考えるような魔法だ。そう簡単なことではないし、実際に成功したのはこの瞬間湯沸かしくらいなものだけどね」


 本来はお湯を出す魔法だったらしく、水と火、加えてなぜか光の属性が必要だったらしい。三属性だけでもとんでもないのに、光属性がある時点で人間にとっては無理難題である。

 リュシアンも生活魔法には興味があったので、お茶の用意をする兄の手元をわくわくしながら見詰めていた。

 思い出の中の友人と重なる姿に、ファビオは思わず苦笑した。

 そして、お茶を注いだティーカップを弟に差し出しながら「残念ながら」と、ちょっと気遣うようにファビオは声を落とした。


「他の研究を進めようという矢先、肝心の友人は行方不明になったんだ」

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