君の名は?
あの声の主は、魔力の大食らいみたいな言い方をしていたので、自動的に魔力を大量に吸い取られてるとか、そんな危ない契約だったらどうしようと警戒したが、リュシアンの身体にとくに変化はなかった。
いつ契約したか疑問は残るけれど、とりあえず悪影響がないようなので気にしても仕方がないと諦めた。
ただ、これは契約従魔になった状態なのだと理解した。
リュシアンの頭の中には、とある名前が焼き付いていた。たぶん口にすることは出来るけど、その文字を書けと言われたら書けないだろうと思った。理屈ではなく、その個体の名前なのだとわかった。
(もしかしてコイツの名前かな?)
普通は契約した主人が決めるとかいう流れだと思うけれど、これが名前だというならそうしたほうがいいだろうと考えて、リュシアンはその思い浮かんだ名前を音にして発音した。
呟くようにそれを口に出すと、ベヒーモスはぶるぶるっと身体を震わせて、一瞬で空気を孕んだようにボンッと巨大化した。
「おわっ!? な、なんだ」
テントいっぱいまで大きくなって、リュシアンはあっという間にテントの端に押し付けられてしまう。
「待って、待って! 小さくなって、テント壊れちゃうってば」
すると、シュルシュルとまた小さくなっていく。ころり、と再び石ころのように足元に転がった。同じようにテントの端に押し付けられていたリュシアンも、床に転がり落ちた。
「あいたた……ひどい目にあった」
打ち付けたお尻をさすりながら立ち上がると、ベヒーモスはまるで抗議するようにゴロゴロ転がって何度もリュシアンの足に体当たりした。
ギチギチギチ、と鳴きながら短い足をバタバタしている。なにか必死に抗議しているようにも感じる。先ほど口にしたアレを怒っているようにも見えた。
「あ…、そうか。これ真名ってやつだ」
独り言のようなリュシアンの呟きに「そうだ」と、言わんばかりにゴリゴリと角を擦りつけてくる。
「痛いって……そっか、ごめん。なるほどね」
さっきは真名を呼ばれて能力解放しそうになったというところだろう。では、先ほどのテントを押しつぶすかと思われた巨体が本当の姿ということになる。鑑定では幼生、とあったことからこの個体はまだ子供にも関わらずだ。
そういえば成体になると山みたいになるって書いてあった。あれはどうやら比喩ではなかったようだ。
あまり知りたくなかった事実である。
ともかく、この姿は縮んでるということだ。重さとかも自分で自在に操るとあったから、普段はこのサイズで過ごしてくれるということだろう。リュシアンは心から安堵した。
話しは逸れたが、結論として名前はやはり主人が決めるということで間違いはなさそうだ。
「なんだ、結局僕がつけるんだ、名前」
リュシアンは、腕を組んで頭を悩ませた。自慢ではないが名前を付けるのは苦手だった。ずっと居候だったせいもあって、動物なんて飼ったことがないからだ。
「あんまり洒落た名前だと忘れそうだしなあ。モスちゃんとか? あれ、なんか
うんうん唸っていると、ベヒーモスは小さな羽根でパタパタと飛んでリュシアンの頭の上に乗った。薄い羽が羽ばたいてプカプカ浮いているさまはどこかシュールだ。
うすっぺらい蝙蝠の羽で岩のような身体が浮き上がるのは不思議な気がするが、重さを調節できるのなら確かに可能なのだろう。
すると、名前を催促するように丁度つむじ当たりで、ゴリゴリゴリゴリと角を擦り付けてきた。
リュシアンは頭頂部が禿げるのを危惧して慌てて候補を上げた。
「チョビ……小さいし、チョビじゃダメ?」
考えれば考えるほど浮かんでこない。ここはやっぱり見た目の直感で決めるしかない。もとは大きいんだけど、普段は小さいんだから問題ない、と強引に結論づけた。
ごりごりごりごり!
「あいたたたっ! え、やっぱりダメだった?」
とっさにベヒーモスを頭から降ろそうと思ったが、直後ぴょんぴょんと跳ねて喜びを身体で表しているのに気が付いて、思わず微笑んだ。
「チョビ、おいで」
両手の手のひらを上に向けて呼ぶと、黒い塊はぴょんと頭から降りてきた。
相変わらずカミツキガメのようなごつい顔だったが、こうしてみるとつぶらな瞳に見えてくるから不思議だ。なんだかんだですっかり情が移っているリュシアンであった。
こうして、なりゆきのような押しかけ魔獣のベヒーモスは、リュシアンの従魔になったのである。
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