決着?

 とっさに握りしめていた巻物を……、ブン投げた。

 悠長に発動してる暇はなかった。ピエールには、あとでお説教決定である。苦労して作った巻物は、間違っても投げる武器ではないのだから。

 こんなことが罪滅ぼしだとおもっているなら、本当に馬鹿野郎なので正座も追加である。


 木の芯が入った巻物が、ものすごい勢いでグリズリーの目を直撃した。

 身体強化で上乗せされたスピードでぶっとんできたそれが目に入ったら、さすがの森の王者もたまったものではない。倒れ込んで、ごろごろと地面を転がっている。

 ついでに言うなら、下敷きになっているチンピラたちもすりつぶされているが、もとより自業自得っぽいのでお仕置きということで。

 この隙に、もう一本の巻物を出そうとして、ふと手を止める。

 ここに来るまであまり気にしてなかったけど、考えてみたらこんな草木がうっそうとしてるところで、火の魔法はマズいのではと心配になったのだ。


(なんでか攻撃魔法イコール火の魔法という、変な固定観念が定着している。火って攻撃! って感じがするからだろうか)


 仕方なくもう片方の巻物を掴む。水魔法初級ウォーターレイ……、名前が優しそうなのでどうかなとも思ったが、とりあえずグリズリーの一匹くらいは撃退したかった。

 ぱらっと紐をほどいて、巻物を宙で広げ手のひらで魔法陣を撫でる。例のごとく巻物は光を放ち火を噴きながら、青く輝く魔法陣を眼前に展開させた。

 相変わらず派手な演出だ。詠唱の場合、魔法陣は展開されない。おそらく呪文構築はすべて己の身体で完結してしまうのだろう。


 こっちのが中二っぽいのは置いておいて、水魔法ウォーターレイは水の槍のようなものだった。魔法陣展開とともに、ドドドドッ!とものすごい勢いで数十本もあろうかという切っ先がクマに襲い掛かった。

 自分で発動しておいてなんだけど、ちょっと驚いた。もうちょっと雨っぽいの想像していたからだ。


 あまりの衝撃にピエールが尻もちをつく。

 半分以上黒焦げになった巻物の残骸を見下ろしつつ、リュシアンはゆっくりピエールのもとへと歩いて行った。呆然と見上げる視線を無視して、腰にぶら下がっているにおい袋を引きちぎって投げ捨てた。


 におい袋につられて一瞬こちらに気を取られたもう一匹のクマは、その隙を逃さなかった騎士たちによって形勢が逆転していた。魔法に串刺しにされた方もすでに起き上がってはいたが、この調子なら騎士たちが遅れをとることはないだろう。

 一息ついたリュシアンは、座り込んだままのピエールに向き直った。


「ちゃんと話を聞かせてもらうからね」

「ごめん、わかってる俺は……」


 観念しているのか、ピエールはどこか憑き物が落ちたように少し笑ったように見えた。

 しかし一瞬後、リュシアンを見ていたその瞳が、驚愕に見開いた。


(後ろ……?)


 振り向こうとするリュシアンを、ピエールはすごい勢いで身体ごと抱き込むようにして地面に押し付けた。一瞬のうちに視界は塞がれ、背中に地面の感触がザリザリと擦れた。


「……っ!? いった…なに、どうしたの」


 ぽたり、と顔に何か落ちてくる。

 腕は動かなかったが、覆いかぶさっている身体が身じろいだのでそれが何かわかった。赤い液体、それがボタボタと上から落ちてきたのだ。


「な、ちょっ…ピエール!離してっ」


 それが血だとわかって、リュシアンはピエールの身体の下で暴れたが、完全に押さえ込まれているので身動きがとれない。いくら力が強化されてても、こうもすっぽりと抱き込まれると簡単に抜け出せないのだ。

 そこへ新たな声がかぶさった。


「そこをどけ、ピエールっ! 奴隷風情がなに命令に背いてるんだ、このままじゃ俺たちまで始末される! せめてそのガキの首を持って行けば……」


 どうやら今回の事件を起こした男の一人のようだ。仲間たちがグリズリーの餌食になっているときに、自分だけどこかに身を潜めていたのだろう。ほとんど目立った怪我もなく、その手にはピエールの血に濡れた長いサーベルを持っていた。虎視眈々とチャンスを狙って、リュシアンを亡き者にしようとしていたのだ。


「誰の首だって?」


 背後から怒りに彩られた低い声がして、男はギョッとなって振り向いた。そこにはこの敷地の主、エヴァリストが悠然と立っていた。

 戦闘が優勢に転じて、残りは騎士たちに任せてきたようだ。

 戦闘の専門家でなくとも、彼もれっきとした魔術師である。曲がりなりにもグリズリーを足止めしていたエヴァリストと、こそこそ陰で隠れていたチンピラとでは勝負は決まっている。

 どうやらフォレストグリズリーも騎士たちによって倒され、この突然の騒動もようやく終わりの時が見えてきたようだった。


「ピエール!? こ、これは…、早く母様のところへ」


 ようやく這い出てきたリュシアンは、状況を見て愕然となった。

 リュシアンを庇ってサーベルで切られたピエールは、まさに虫の息だった。暗殺者の刃には例外なく毒が塗ってあり、そのせいもあって意識はすでに朦朧としている。


「俺はいい…、でも妹は、関係ない、んだ」

「そんなことはわかってる。今はいいんだ、まずは自分のことを…」


 リュシアンの悲痛な声に、彼は少し笑ったように見えた。


「あいつを…学校、に」

 

 ぼんやりとした顔で、まるでうわごとのように呟いている。もうあまり聞こえてないのかもしれない。応急処置をしようと駆けつけてきたクリフに、すぐに母を呼んでくるように言った。


「眠るなよ、すぐに母様が来る!」


 魔法なら助かるかもしれない。手当の道具をひったくるようにして受け取って、すぐに血止めの薬草を貼って白い布を巻き付けて縛り上げた。解毒もだけど、この出血を何とかしないと。


「学校……」

「しゃべるな、いいから!」


 涙が出そうになって言葉が詰まった。

 兄貴が無事に帰ってこなかったら何にもならない。なんでそれがわからないのか。


(遅い……! 母様早く)


 気ばかり焦るが、あれから数分もたってない。だけど、すでにピエールの状態は猶予が無いように見えた。

 すでに視線は誰もとらえておらず、なんの反応も示さなくなった。


(やばい、やばい…どうすればいいんだ)


 心の中で早く、と唱えることしか出来ない自分に歯噛みする。アナスタジアの回復魔法にかけるしか、それを待っているしか、自分には出来ない。そこまで考えて、リュシアンはあることに気が付いた。


「あれ? あるじゃん…、回復魔法」

 

 自分だって、魔法は使える。

 魔法陣だってしっかり覚えてる、けれど今、ここには写すものがない。使用済みのはすっかり焦げて使い物にならないし、それにあの魔法は未使用巻物が五枚もいる。

 回復魔法の魔法陣は、例のあれしか覚えてないのだ。

 先ほどから軽く震えていたピエールの身体から、ふっと力が抜けた。慌てて触ると、ゆらっと頭が傾いてゆっくりと瞼が落ちて行った。


(ダメだ、ダメだ、ダメだ。こんなの、許さない)


 ザッと血が下がって、今度は瞬く間に頭に血が上った。フラッとめまいを覚えて、記憶にある魔法陣が目まぐるしく意識の中を去来した。


「ダメだっ!ピエール」


 その瞬間、青白い光が目の前に広がった。

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