王都からの手紙

  五才児の前に、土下座の少年一人…、何とも言えない絵である。


「とりあえず土下座やめてくれない?」


 リュシアンはしゃがんで少年を覗き込む。

 けれど地面におでこを擦りつけたまま、彼は頭を振った。そんなことしたら、おでこが擦り傷だらけになると慌てたが、相変わらず下を向いたまま固まっている。


「これじゃお話しできないから、顔上げて!」


 困ったリュシアンは、今度は少し強めの口調で言った。

 途端に少年が、びくっと身体を揺らした後、おずおずと顔を上げた。

 これはられた人間の仕草だ。おそらく彼は奴隷だろう。それもかなり抑圧されていると思われた。

 主人は間違いなく糞野郎だと、リュシアンの思考も思わず荒んでしまう。

 そして彼が受けた命令も、おおよその見当はついていた。


「君…、魔力検査の時、教会の人にくっついてきた子だよね?」


 リュシアンの大人びた口調に、思わず目を合わせてしまった少年は、すぐに慌てて顔を伏せた。イエスともノートとも言わなかったが、そのの質問はそもそも事実の確認でしかない。

 あの時の少年であることは間違いないし、ここにいたのもリュシアンの監視か…、もしかしたら暗殺か。


(いや、暗殺までは任されてはいないか…、ビーに襲われる程度だし)


 それさえも演技だと言われればわからないが、ともかくこれではいつまでも埒があかないと、リュシアンはわざと大きなため息をついた。


「ねえ、とにかく立って。この場所はれっきとした私有地だし、それだけでも君は捕縛ものだよ。こんなところにグズグズしてるのはまずいと思うよ」


 はいつくばっていた少年は、それを聞いていきなりバネの入った人形のように飛び起きた。立ち上がると、リュシアンよりずっと背が高い。びっくりして、逆にリュシアンがひっくりかえりそうになったほどだ。


「待って、待って、まず落ち着いてってば!」


 今にも逃げ出しそうな少年…、記憶に間違いがなければピエールだったか、をいささか慌てて引き留めた。ここで問い詰めても、おそらく彼は何も言わない、いや、言えないだろう。

 この先の危険性を考えたら、もしかしたらここで然るべき処置をするのが正解なのかもしれない。だが現実的にそれができる状態にはない…、リュシアンの心の準備的なことも含めて。

 むしろ切実な問題としては、とりあえず手を貸してほしいというのが本心だった。

 忘れそうになっていたが、今現在リュシアンは猫の手も借りたい状況なのだ。

 引き留めるために腕を捕まれたピエールは、思わず立ち上がってしまった失態に顔面を蒼白にして「ひぇっ…!」と変な声でうめいて、見事なまでのジャンピング土下座を繰り出した。


「いや、だからそれやめてって」


 リュシアンは呆れたように呟いて、よしっと何かを納得したように呟いた。

 俯いていたピエールにしたら、その後の展開は、すぐには理解できない連続だった。いきなり腹の辺りに腕を回されたと思ったら、その身体はふわりと重力に逆らって持ち上げられた。

 驚いて顔を上げると、そこには例の子供がにっこりと笑っている。

 そのまま、軽々とひと回りふた回り大きいピエールを持ち上げているのだ。もちろん身長が足りないので、足は地面に付いているがそれでも全体重のほとんどは子供の手にかかっているはずである。

 ピエールは、ビーに襲われたときも思いっきり担がれていたことを思い出していた。


「ねえ、ピエール。ちょっとお願いがあるんだけどな」


 ニコニコと無邪気に嗤う天使のような容姿の少年に、持ち上げられたままのピエールはただコクコクと頷くことしかできなかった。



※※※




 一方屋敷では、エヴァリストが一通の手紙の前でひどく憂鬱な顔をしていた。

 豪華な金の縁取りのある封筒には、二つの獅子の頭に王冠を戴く姿を模した蝋封が施されている。

 

「今更…、いったいなにを…」


 それは、モンフォール王家からの正式な召喚状だった。

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