謎の少年

 気絶しているオークモドキを、とりあえず暴れないように拘束すると、ナイフを片手にリュシアンは途方に暮れていた。


「困ったなあ」


 必要なのは背脂だが、素材を剥ぐという作業は慣れない人間がやると品質が落ちる。クリフなら何とかできそうだけど、問題はこれをどうやって持って帰るかということだ。

 考えてみれば、こういう仕事は冒険者の役目だと無意識で考えていた。実際、母も素材集めするときは冒険者を雇っているし、素材を剥ぐのも彼らに任せている。

 無自覚のうちに役割を分担して考えていた。

 貴族であるということ。上に立つということ。前世では身分制度の感覚がない日本人だが、生まれてこのかた貴族として生きてきた記憶も存在する。


 常に誰かが助けてくれる環境を、当たり前だと思ってはいけない。そんなことは前世でいやというほど骨身に染みたはずなのに。

 人間というのは楽な方には容易く馴染みやすいものだ。

 いずれ独り立ちする気なら、なんでもできるようにならなくてはならない。ましてや自分は追われる身になる可能性さえあるのだから。

 明るすぎる未来の展望に、リュシアンは重いため息を吐いた。

 とりあえず今は、できないことを嘆いていても仕方がない。今日はこのまま帰り、明日また事情を話してクリフに一緒に来てもらうのがよさそうだ。

 怒られるのは、もう仕方がないと諦めた。


「……っ!…、…わぁ」


 そんな時、どこかから人の騒ぐ気配がした。むしろ、悲鳴のような声だ。

 振り向くと、かなり後方で草むらがガサガサと激しく動き、やがて一人の少年が転がり出てきた。

 何かを振り払うように、その顔を庇うように身を丸めていた。

 とっさに駆け寄ろうとして、その少年を追うものの正体を知った。


「あれは、タイガービー…、か?」


 モンスターランクD、なんとオークモドキよりかなり上だ。

 というか、この森では厄介な類のモンスターである。集団で行動する上に、さらに仲間を呼ぶ。今のリュシアンにはとても倒すことはできない。

 これは、逃げることを考えないといけないエンカウントだ。

 ただ普通に逃げれば、もちろん回り込まれる。そう判断したリュシアンの行動は早かった。

 すぐさまカバンの中を、地面にぶちまけた。せっかく収集した素材になりそうな葉っぱや、木の実、植物の蔓などが無造作に放り出されたが、今は悠長にカバンの中身を探っている暇はない。


「…っ!あった」


 少年の方を見ると、すでに数匹のタイガービーに囲まれている。しかもなぜか激怒状態。いったい何やらかしたんだ、少年!?

 小さな布の巾着袋、それは万一にもオークモドキが集団でいた場合に撒いて逃げるために用意していたもの。

 野球の仕草の見様見真似で大きく振りかぶって、正面のタイガービーに向かって思いっきり投げた。

 モンスターの胴体に当たったそれは、衝撃でほどけて中の粉を一気にぶちまけた。

 謎の粉攻撃を食らったモンスターは、とっさに距離をとった数匹が逃げていき、至近距離だった個体は次々に地面に落ちた。


「必殺、プラズマボール」


 ほんの数分痺れてマヒしてるだけではあるが。しかも、本来の使い道とは異なる。これはマヒを緩和する治療薬を作るための植物を、粉末状にしたものだ。

 毒と薬は表裏一体というが、まさにその通りだった。もしピンチになったら、試しに使おうと思って持ってきていたのだ。目つぶしくらいの効果を期待していたが、思った以上の成果を上げた。

 手拭いでマスクしたリュシアンは、急いで少年のもとへ走っていった。

 当然ながら、少年もしっかりしびれている。


(……だよね、うん、わかってた。ごめんね)

 

 けれど、事は一刻を争うのだ、もう動けそうなビーがモゾモゾしている。


「まだ動けないよね、でもごめん。できるだけ僕に掴まって」


 リュシアンは、少年の身体を持ちあげるように肩を貸した。身体強化はこんなところでも地味に役立つ。一回り以上大きな少年を、軽々とはいかないが曲がりなりにも担げるのだから。


(……あれ、この子?)


 具合悪そうにリュシアンを見上げた少年…、なぜか彼には見覚えがあった。

 すぐに思い当たる人物をはじき出したが、とにかく今は逃げるのが先決である。ぐったりした少年をほとんど引きずるようにして、ようやくモンスターの視覚範囲から逃げ出した。

 二人は、一本の巨木の陰に身を潜めた。こっそり覗いてみると、もれなく動き出したタイガービーが獲物を探してウロウロと飛び回っている。

 そうしてしばらくすると、諦めたのか飛び去って行った。


「ふう…、なんとか逃げられたね」


 リュシアンが少年の方を振り返ると、彼もマヒから回復していたらしい。なぜかその場で土下座をしてた。


「えっ!?ちょ…、なにしてんの」


 思わず後退ったが、すぐに慌てて少年に駆け寄った。

 落ち着かせるために、リュシアンは少年の肩に手を置いた。びくっと少年の肩が大きく震えた。なぜこんなに怯えているのか、ただひたすら額を地面に擦りつけている。

 だいたい、タイガービーに襲われるのだっておかしいのだ。

 あのモンスターは確かに攻撃的だが、むやみにテリトリーを荒らされない限り自ら進んで人間を襲ったりはしないのだから。

 彼は、タイガービーの巣があるような草むらで、何故いたのだろう。

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