初めての採集

 魔法を使うための第一歩、魔法陣の巻物を作ろう!

 というわけで、裏山へとやってきたリュシアン。当然、みんなには内緒です。

 もちろんバレたらこっぴどく叱られることは覚悟の上である。

 けれど我慢できなかった。

 なにしろ魔法だ、ファンタジーの醍醐味の魔法を使えるか否かの瀬戸際というやつである。

 せっかく剣と魔法の世界なのだから、使えるものは使わないと損だ。


(まあ…、ぶっちゃけ使えると便利だからね魔法。)


 準備は万端、クリフの助言通り一通り済ませてきた。

 もちろんクリフは、リュシアンが一人で裏山に繰り出すとは思ってもないだろう。ただ先日、素材の入手に頭を悩ませていたリュシアンを、気の毒に思ったクリフが情報を提供したのだ。


「素材の錬金加工がご自分でできるのでしたら、ここの裏山ですべて揃うと思いますよ」

「……え!?」

 

 はじかれたように顔を上げたリュシアンに、クリフは事もなげに続けた。


「このお屋敷は、山のふもとに立ってますからね、薬草園の為に拓いた場所から後ろはぜんぶ、素材豊かな森が広がっておりますよ」


 しかも途中までは私有地なので、基本的には冒険者も不用意に立ち入らない。まさに独占状態、素材の宝庫らしいのだ。この辺のモンスターレベルはせいぜいDクラスなので、アナスタジアもたまに冒険者を雇って素材を採集しているという。


(なにそれ、僕もいきたい。教えてくれればいいのに)


 なかば本気で思ったが、今までリュシアンが家から出ようとしなかったのだから、もちろんアナスタジアのせいではない。


「ホワイトツリーは、特徴的な白い表皮の木です。あと、そのワックスに必要な脂は、オークモドキというオークより一回り小さなモンスターの背脂を加工したものですね」

 

 なるほど、なるほど、と頷いていると、クリフが不意に怪訝な顔をした。


「ぼっちゃん? もし必要なら、奥様に…」

「え?…うん、そうするよ。今日はありがとう、仕事の邪魔してごめんね。また必要な物があったら声かけるからよろしく」


 それ以上の追及を嫌うように、リュシアンは慌てて話を打ち切った。そのままお礼を言って薬草園を後にしたが、その背中にはクリフの気がかりそうな視線が向けられていた。

 悪いことをしたと思いつつも、リュシアンはこれから始まる冒険の方にすでに心奪われていた。

 無属性の魔力操作を覚えたおかげで、身体強化はその辺の冒険者なみの防御力はあるらしいので、ある程度は自分の身を守れる。もちろん、無茶をするつもりはない。

 だが、何事もやってみないと始まらない。もとより、そういう性格だった。

 リュシアンの消極的な態度に隠されてはいたが、なんでも試してみないと気が済まない元来の性格が、こうして時々顔を出すのだ。

 幸いここ数日、薬草園に籠ってひたすら素材錬金と、薬の調合に没頭していたので、一日顔を見せなくてもそれほど心配はされないと踏んでいた。


※※※



 練習用木刀を腰ベルトにぶら下げ、ナイフと、傷薬を袋に詰めて、リュシアンは森に入っていった。

 道すがら、興味を持った葉や木の実のいくつかをポシェットへしまっていく。

 錬金が楽しいのも事実で、最近、新しい薬を作ったりして母を当惑させたりもした。傷薬を作ったとき気が付いたのだが、魔力回復薬を作るときの錬成陣を応用して手を加えたら、体力と魔力の持続回復薬ができてしまったのだ。いわゆる自動回復薬だ。飲むとしばらくの間、微弱ずつではあるが回復し続ける。

 それを母に披露したら、ひどく驚いていた。どうやら継続して回復するような薬はいままでなかったようである。


(……あまり余計なことをするのはやめよう。)


 やるならこっそりやろうと、決めた瞬間だった。

 それにしても、錬金術の本に載ってたフリーバッグが欲しいとつくづく思った。すぐにいっぱいになってしまうカバンについため息が漏れてしまう。

 錬金術でつくる魔法のカバン、通称フリーバッグ。これも出来によって内容量が変わってくるが、バッグの中は異空間になっており、信じられないほどの収納能力を持っている。フィールドドラゴンとかいう(名前にドラゴンとついているが、ドラゴンではなくトカゲのような形をしていた)モンスターの革をつかったカバン。確か、内側を覆う布が、これまた珍しい素材だった。

 言うまでもなく、珍しいアイテムで大変高価なカバンだ。冒険者、商人、旅人の垂涎の的である。


 朝一番で屋敷を抜け出したリュシアンは、昼までにはかなり奥の方まで歩いてきた。驚いたことに、疲れをほとんど感じない。これが身体強化の恩恵というものだろう。

 休憩なしで4時間ほど歩いてきたので、リュシアンはとりあえず木陰で一休みして、水筒の蓋を開けた。


「あれ、ここの木って」


 持ってきたお茶を煽って上を向いた時、ふと気が付いた。

 白っぽい表皮を持った背の高い木々が、あたり一面に並んでいた。白く細い幹の、背の高い木。

 どうやらホワイトツリーの群生地に入ったようである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る