船に乗る7
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船がアクティアの港から出港してすでに2日。何事もなく、穏やかな日々がすぎていた。
しかし、船の中には何も娯楽がなかった。そのため、はじめは船旅を楽しんでいた白龍やツェルンアイは退屈そうにしていた。
だから龍は、紙を切りペンで数字と模様を書いてトランプを作った。いくつかの遊びを教え、みんなで船室で楽しんでいた。
それでも、ずっとトランプで遊んでいれば飽きてもくる。疲れたということもあり、ユキと白龍とツェルンアイを部屋に残して、龍達は甲板に出て来ていた。
少し波が高いということもあり、ツェルンアイは船に酔っているようでもあった。彼女は馬車が苦手そうだったこともあり、もしかすると船も苦手なのかもしれない。
誰も詳しく聞いたことはないが、自分の足が地面についていなければ落ち着かないのだろう。
「それにしても、何もないわね……」
「海の上だから仕方ないですよ」
「他の船も見当たらないわね」
暇そうに言うエリスに、苦笑しながら黒麒がこたえた。たしかに海の上だから仕方がない。しかし、リシャーナの言う通り他の船の姿も見えないのだ。
それは、船同士ぶつからないようにしているからなのかもしれない。そうだとしても、漁船の姿もない。陸地から離れているためここまで来ないのかもしれない。漁船がこの世界に存在しているのかも龍は知らなかったが、それだけではなく魚の姿も見えない。
「まあ、何もないのはいいことだろう? 波もそこまで高くないから沈むこともないだろうし」
「いや、もしかすると沈められるかもしれぬぞ」
「え?」
龍の言葉に知らぬ者の声が返ってきた。エリス達も龍と同じように驚いたようで、声が聞こえた左方向を見た。
いつの間にか龍の横に立っていた1人の老人。気配に誰も気がつかなかったため、本当にここに存在しているのかと思ってしまうほどだ。
だが、エリス達も見えているのだから存在している者なのだろうと龍は思うことにした。
「沈められるかもしれないってどういうこと?」
気になっていたことを誰よりも早く尋ねたのはリシャーナだった。情報屋である彼女であっても、船を沈めるような存在を知らないのだろう。
もしかするとアクアセルシス王国に行ったことがないようなので、海に関することや、船を使って行く場所の情報はないのかもしれない。
「じつは……ここには昔、怪物がおったんじゃ」
そう言って老人は怪物について話しはじめた。それは、今から50年ほど前のこと。当時からアクアセルシス王国との交流があったため、港から船が出ていた。しかし、数は多くなかったため6日に一度出港していたのだ。
そして、船同士が擦れ違うのが今のいる海域だったのだ。現在では擦れ違うことはたまにしかないのだが、以前は毎回擦れ違っていたのだという。それだけではなく、すれ違う時に事件が起こっていたのだ。
それは、海から大きな怪物が出てくるという事件。船にしがみついて、引きずり込むというのだ。多くの人達が亡くなり、生き残った人達は船に助けてもらっていたのだという。まるで船から放り出された人達を助けてもらえるようにと擦れ違う時に片方の船を襲う怪物は意思があるようだと老人は言った。
だが、その怪物は突然現れなくなった。誰かに退治されたという話しも聞かないため、怪物が死んだか何処かへ行ったのだろうと誰もが思っているという。
もちろん老人も怪物はすでにいないと思っているようだ。沈められるかもしれないと言っていたが、それはただの脅かしだったようで脅かしたことを謝ると老人は船内へと入って行った。
「これって、今から怪物が襲ってくるとか……ないよな?」
「さあ?」
龍の言葉にエリスはそんなことはないと言いたげな顔をして答えた。
老人に言われたからではないだろうが、全員がこのあと何か起きるのではないかと考えていた。黒麒が「部屋に戻りましょうか」と声をかけた時、船が大きく揺れた。
船から落ちてしまうような揺れではなかったのだが、甲板に出ていた全員が海を見た。船が揺れるということは、海の中で何かにぶつかったからだ。
しかし、海面には何も見えない。ぶつかった何かが沈んだのか、それとも潜ったのか。船員が慌ただしく走り、中には乗客に何があったのかと尋ねられている者もいたが、船員も何があったのかはまだわからないようだ。
「まさか……」
先ほどの老人の話から船の揺れ。その怪物が襲ってきたのではないかとリシャーナがエリスを見た。怪物が襲ってきたのではないと思いたいのか、エリスは首を横に振る。
生き物の姿も見えないのだから、怪物の仕業だともいえないのだ。
「皆様、船内にお戻りください!」
また船が揺れるかもしれない。その揺れで乗客が海に落ちたら危険だと判断した船員達が乗客に聞こえるように声をかけた。
不安気に船内へ戻っていく乗客達に続いて行こうと龍達は歩き出した。しかし、突然船が大きく揺れ立っていることができずに座り込んでしまった。揺れが収まると、甲板に残っていた乗客は走って船内へと入って行く。
しかし龍達はその場に留まった。それは、龍達には見えていたからだ。
甲板にゆっくりと現れた触手。それは一本だけではない。龍達のいる場所からは三本の触手が見えていた。
「このままじゃ沈められるんじゃないのか?」
「そうね。……これを引きはがさないといけないわね」
触手の正体が何かはわからないが、このままでは老人の話の通り船は沈められてしまう可能性が高い。近くに他の船も見えないことから、助けてもらいことはできない。
沈められないように自分達で触手を船から剥がさなくてはいけない。
龍は左手の上に右手を翳し、大太刀を薬指の指輪についているクリスタルから取り出した。柄を強く握り、触手へと斬りかかった。
痛みがあるのか、触手は斬られると海へと消えて行く。見えていく二本、三本へと斬りかかっていくが暫くするとまた触手が現れ甲板に同じように張り付いた。
触手には吸盤がついており、力で引きはがすことはできないだろう。
エリスとリシャーナが他の触手に攻撃をし、甲板から触手を引きはがしていく。繰り返し何度も触手を引きはがすことで、そのうち諦めてくれるだろうと考えているのだ。
龍達が攻撃している間、甲板に隠れていた乗客を見つけた黒麒が船内へと連れて行く。
「こいつ、クラ―ケンとかいうイカか?」
龍の近くには誰もいないため、答えを返してくれる者はいない。
この世界に存在しているのかは不明ではあるが、クラ―ケンという怪物が存在していたことを龍は知っていたのだ。だから出た言葉だった。
「エリス!!」
対処していた触手全てが海へ消えた時にリシャーナの声が聞こえ、龍は急いで声の聞こえた方向へと走り出した。
そこにエリスの姿はなかった。海を覗く船員達と、今にも海へ飛び込もうとする黒麒の姿。そして、触手は見当たらない。
「まさか……」
エリスが攫われたのだろうと龍はすぐに気がついた。リシャーナが海に飛び込もうとする黒麒の腕を掴み、龍がいる場所へと投げ飛ばす。
「何をするんですか!」
「私が行く。黒麒は濡れたら死んじゃうかもしれないから、龍は飛び込まないように見張っていてね」
そう言ってマフラーとバッグを甲板に置いてリシャーナは躊躇うことなく海へと飛び込んで行った。
「元々紙だから濡れたら死ぬってことか?」
「リシャーナさんが言うことはそうでしょうが、濡れても死にませんよ」
ただリシャーナが助けに行くため、黒麒が飛び込まないようにと龍を騙しただけなのだろう。簡単には龍も騙されないのだが、リシャーナ自ら助けに行くということは、龍達が行くよりも助け出せる可能性が高いということなのだろう。
心配して声をかけてくる船員に「心配はいらない」と龍は返したが、乗客に何かあったらいけないと考えている船員は何度も海面を見ていた。
しかし助けに行くことはできないため、龍達と大人しくリシャーナがエリスを連れて戻ってくるのを待っていることしかできなかった。
―――――
クラ―ケンをタコにするかイカにするか悩みました。
調べたらタコもイカもクラ―ケン……。
巨大なタコやイカのような頭足類の姿で描かれるので、どちらと断言はできないようなので私はイカと思っているのでこの作品ではクラ―ケンはイカです。
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