第四章 闇オークション
闇オークション1
前日、帰宅したエリスはユキに全てを話した。白龍がいるであろう国と、姿を変えることの出来る薬のことを。するとユキはそれを聞いて自分も行くと言った。ウェスイフール王国で、獣人の姿をしていたら奴隷だと思われる可能性が高いのにだ。
余程何も出来ず、家でずっと待っていることが堪えたのだろう。奴隷と思われても良い程、白龍を助ける手伝いをしたかったのだ。
それに、ユキは言った。
「奴隷だと思えるような存在がいた方が、あそこでは動きやすい」
奴隷がいる国なのならば、たしかに奴隷がいた方が動きやすい。本当の奴隷でなくても、他の者に同じように奴隷を連れている者と思ってもらえる。
そうすれば、何か情報を聞き出すことが出来るかもしれない。同じ奴隷を連れた者は、自警団や地位の高い者に何かを言うような勇気はないと思っているのだ。何故なら、奴隷を連れているから。それをいけないことだと理解しているからだ。奴隷を連れていても許されるのは、現在はウェスイフール王国内だけだと知っているから。
ユキの真っ直ぐな目を見て、エリスは頷いた。薬を飲むのは翌日の朝にして、その日は早めに就寝することとなった。シャワーを浴びる者や、そのまま寝室に向かう者様々だ。
龍は黒麒がシャワーを浴び終わってからすぐにシャワーを浴びた。明日、白龍を助けられるのかは分からないが、『黒龍』になったために僅かに汗をかいたので洗い流したかったのだ。お風呂場から出て、しっかりと拭いてからリビングに戻るとそこには黒麒がいた。どうやら龍が出てくるのを待っていたようだった。
一言二言話してから、黒麒は先に階段を上り部屋に向かった。テーブルの上に黒麒が用意していた水を龍は飲み干すと、コップをさげて階段を上った。静かに扉を開いて閉めると、すぐにベッドに寝転がった。龍は寝る前、必ず考えることがある。それは、白龍のこと。目を閉じると白龍を感じることが出来ると気がついてからの癖のようなものだ。白龍の居場所がウェスイフール王国だと分かったからなのか、西の方角に白龍がいると分かるようになっていた。
驚きはしたのだが、少しずつ白龍と離れていても居場所を知ることが出来るようになってきているのは喜ばしいことだった。また離れ離れにならないとも限らないのだから。そうなれば、また白龍を感じ取ることが出来るかもしれない。居場所が分からなければ方角が分からないのは困るが、今後居場所を知らなくても分かるようになるかもしれない。それは、時間がたてば分かるようになるものなのか。それとも、龍の力が強くなれば分かるようになるのかは分からない。
白龍を感じ取れるようになって、一つ気になることがあった。それは、辛い、悲しいという感情が感じとれるということ。これは自分の感情ではないのだから、白龍のものなのだろう。自分の感情ではなかったが、辛いものはある。
今白龍がウェスイフール王国の何処にいるのかは分からない。もしかすると、悲しいことや辛い目にあっているのではないか。だから、あんな感情を感じ取ることが出来るのではないのか。今すぐ助け出したくても自分1人ではどうすることも出来ない。それに、ウェスイフール王国の何処にいるのかまでは分からないのだからどうすることも出来ないのだ。
今は白龍の無事を願うことしか出来ない。邪な心を持つ者が多いであろう国に、1人でいる白龍が体調を崩していなければ良いと思いながら眠りについた。何故か、夢は見なかった。
翌日、6時に起きると身支度をする。早く起きても、することがなければ白龍の心配ばかりしてしまう。だからいつもより少し遅く起きたのだ。
部屋を出てリビングへと向かう前に、昨日アレースに渡された机の上に置いてあった指輪を手に取った。アレースが言っていたことは、実を言うと半信半疑だった。だが、やるのならまだ時間のある今だろう。
そう思い、立てかけている大太刀の元へと向かい、クリスタルの部分を大太刀の柄に触れさせた。すると、大太刀は煙のように消えた。驚いて、自分の周りを見渡してからクリスタルを見た。すると、大太刀はクリスタルの中に収まっていた。
それはまるで、琥珀の中に虫が入っているかのようだった。指輪を左手に持ち直し、右手でクリスタルの上に手をかざす。すると、かざした手の下に大太刀が現れた。しかも、手のひらの下に柄がくるように現れた。そのまま放っておけば、床に落ちるだろうと思い柄を握る。
「……問題ないな」
握った大太刀を隅々まで確認して、頷いてそう言った。見たところ、とくに大太刀に変わった様子はなかった。もう一度大太刀をクリスタルにかざすと、またクリスタルの中に収まってしまう。
「確かにこれは便利だな」
手に持って歩かなくて良いため、両手を空けることが出来るようになる。大太と小太刀は刀ベルトで左腰に携えて移動するため、手に持って移動することはあまりないのだ。もしも何かあったときに、咄嗟に手を出すことが出来る。たとえば、白龍が転びそうになったときに、転ぶ前に抱き留めることが出来る。
指輪を右手で持つと、左手の中指にはめる。クリスタルの装飾は、サイズが大きいわけでもないため邪魔にはならない。それに、女性や男性がつけても違和感はない。だからこそ、アレースは龍にそれを渡したのだろうか。
太刀と小太刀を机の上に置くと、部屋を出た。足音をたてないように階段を下りると、すでにリビングには全員が集まっていた。挨拶をすると、龍は洗面所へ向かった。
歯を磨き、顔を洗うと目が冴えた。そして、リビングに戻ると黒麒が朝食を並べていたので、龍も手伝うことにした。何かをしていないと落ちつかないからだ。7時前に朝食は少々早い気もするが、黒麒も何かをしていないと落ちつかなかったのだろう。だから、朝食の準備をしていたのだろうと龍は考えた。
全員が早く起きたが、こんなに朝早くからウェスイフール王国へ向かっても仕方がないのだ。情報収集をしている所を見られ、怪しまれては困る。それに、自警団から来るであろう護衛も来ていない。それならばもっとゆっくり眠っていれば良いのだが、白龍を助けられるかもしれないと思うと早く起きてしまうのだ。それは、龍だけではなく、全員が同じだ。龍は本当はもう少し寝ていようと考えてはいた。しかし、白龍のことが気になり起きてしまったのだ。
朝食を食べながらエリスは、お昼を食べてから家を出ると告げた。そのときには自警団の人も来ているだろう。それならばと、龍はもうひと眠りをすることにする。眠れるのかは分からなかったが。ウェスイフール王国に行ったら、何が起こるか分からない。もう少し疲れを取ろうと考えたのだ。たとえ眠れないとしても、目を閉じているだけでも良い。
それに、今は無駄に体力を使いたくはなかった。いざというときに白龍を助けることが出来ないということにはなりたくない。
朝食を食べ終わると、食器をさげて部屋に戻る。全員気がついていたようだったが、指輪のことは触れられなかった。昨日アレースから聞いていたので、わざわざ聞くこともないと考えたのだろう。
龍は部屋に戻ると、本棚から適当に一冊の本を取り、ベッドに俯せになる。取った本を見ると、それは以前アレースに貰った本だった。貰った頃は黒龍のページしか読んでいなかったが、この本には他にも『白龍』などが載っている。
龍のように姿が『ドラゴン』の者たちが載っているそれは、何気に龍は気に入っていた。『
『青龍』は地域によっては『
本を開き、ページを捲る。今真剣に読むつもりはないが、挿絵と共に説明文が書かれている。そして、一度も開いたことのないページには『ドラゴン』ではないものが載っていた。
それは龍が見た、蛇のような姿をした生き物――『龍』だった。国や地域により、信仰する姿は異なるのだが、『龍』の姿はあまり知られていない。何故なら、『ドラゴン』とは違い『龍』たちは人間に見つからないように暮らしているからだ。
『ドラゴン』はときどき姿を見せたり、人間に姿を変えて人間の中に混ざることがある。だが、『龍』は自然に溶け込み姿を現さないのだ。だから、あまり知られていない。
『龍』は『ドラゴン』と同じ種類が存在し、同じように1匹ずつしか存在していない。この世界には『ドラゴン』も『龍』も、6種類しかいないのだ。その中の1人でもある龍は、他にも数匹は存在していると思っていたため驚いた。
数少ない存在が、今は一緒にいないが白龍も含めて2人もいるのだ。それを知っている人にとっては驚きだろう。だが、どのページにも同じ時期に全ての『ドラゴン』や『龍』が揃ったことはないと書かれていた。それが何故なのかは分からないが、もしも揃ってしまったら何かが起こるのだろうかと龍は首を傾げた。前代ならば、何かを知っていたかもしれないが今の龍はそれに関係することは何も知らない。
もっと読みたいと思ったが、今真剣に読むわけにはいかないと本を閉じようとした。真剣に読むだけでも、気がつかないうちに疲れてしまうからだ。だが、閉じようとして『黄龍』のページで手を止めた。そこには気になることが書いてあったのだ。
『ドラゴン』も『龍』も6種類しかいない。だが、『黄龍』のページには7種類目に関係することが書かれていた。本当に存在しているかは分からない、『
『黄龍』は黄色、もしくは金色をしているが、『応龍』は金色、もしくは黄色に近い茶色をしていると書かれていた。だが、それ以外の違いは分からず、『応龍』は『ドラゴン』、『龍』を束ねる存在と記されていた。『応龍』には『ドラゴン』と『龍』それぞれにいるのかも分からない。だが、もしかすると『ドラゴン』や『龍』は7種類なのかもしれないと知った龍は、もしもそうなのならば、全てに会ってみたいと思った。だが、同じ時期に揃ったことがないと書かれていたので無理だろうと龍は思い、小さく息を吐いた。
今度こそ本を閉じて、枕の横に本を置くと枕に顔を埋めて目を閉じた。翼や角があるため、俯せでないと眠ることが出来ないのだ。消せば良いのだが、今は無駄に力を使いたくはない。
白龍は今、何をしているのか。そう思っても何も分からなかった。それが何故かは分からなかったから心配ではあった。もしかすると、白龍が寝ていれば感じ取ることは出来ないのかもしれないと思いながら、龍は体から力を抜いた。
「龍さん」
突然ノックの音が聞こえ、黒麒に呼ばれて枕から顔上げて龍は返事をした。しかし、その声はまるで寝起きのようにかすれたものだった。
扉が開かれ、入ってきた黒麒はオレンジ色の和服を着ていた。数匹の蝶が舞うそれに目を見開いたが、驚くのはそれだけではなかった。
額に角がない。そして、胸があり髪の色が紺色になっていたのだ。それに、どうして黒麒と分かったのか。声も女性のような綺麗な少し高いものになっているのに。
「眠っているところ申し訳ないのですが、迎えが来てしまいましたので、準備をしてウェスイフール王国へ行きましょう」
「……迎え?」
女性となった黒麒に見惚れてしまい、反応が少し遅れる。どうやら少し眠っていたようで、あと1時間程でお昼だという。
誰が迎えに来たのかは教えてくれなかったが、龍はベッドに座り腕を伸ばしてから立ち上がった。枕の横に置いた本を手に取り、本棚に戻すと黒麒がリビングに向かうのであとを追うように部屋を出た。違和感なく歩く黒麒は何処からどう見ても美人の女性だ。エリスより胸はあるが、悠鳥程ではない。
階段を下りたリビングに集まっていたのは、見知らぬ人たち。しかし、それが誰かは分かる。オレンジ色の髪をしたグレーのスーツを着た男性。その人物はエリスだろう。こうして見ると、アレースとエリスが兄弟なのだとしみじみと思う。髪の色は違うが、そっくりなのだ。アレースの顔を知っている人に出会ってしまったら、バレてしまわないかと僅かに心配になる。
そして、エリスの横に立っている、白髪の人よりの獣人。頭に生えている耳と、スカートから覗いている尻尾からユキだと分かる。
ユキはリシャーナから借りたであろう、ゴシック・アンド・ロリータを着ている。しかも、普段リシャーナが着ている服の色違いだ。赤色がメインで、フリルは薄いピンク。そして、どうしても目が行くのは胸だ。悠鳥の次には大きいだろう。
白美は水色の髪をした男性になっていた。本来の大人姿で薬を飲んだのだろう。紺色のスーツを着こなし、見た目だけで判断するならばとても落ち着いた男性だ。そんな白美の横には見たことのない男性が立っている。もしかすると彼が自警団から来た人物かもしれない。
リシャーナは茶色の髪をした男性になっており、こちらも悠鳥に借りたであろう青と水色の和服を着ていた。何故女性物の服を着ているのかと思ったが、脳裏をよぎったのはサトリの姿だった。彼女は男性の姿ではあるが、女性のときと同じように振る舞うつもりのようだ。
「龍殿の服はこちらとなります」
迎えに来たであろうエードが差し出した紙袋を受け取らず、入っている服を広げた。少し緑がかったグレーのレディースニットとグレーパンツが入っていた。そして、白いスカーフ。スカートではなかったことに安心して息を吐く。
これが誰からなんて聞かずとも分かる。アレースからだ。城にいる者たちに聞いて借りたのだろう。サイズが合うかも分からないのにだ。
「薬はこれじゃ。衣装部屋で飲んで着替えると良い。……良からぬことはするでないぞ」
紙袋を受け取り、悠鳥からは薬を渡され言われた言葉に頷いた。たとえ、女性になったとしても自分の体に何かをしようという考えは龍にはなかった。男性から女性になった黒麒や、人よりの獣人になったユキの胸に目がいってしまったとしても、自分に何かをしようという考えはない。
衣装部屋に入り、紙袋をテーブルの上に置くと小さくゆっくりと息を吐いた。薬を飲む前にやらなくてはいけないことがある。テーブルの上に下着が置いてあるのが見えたが、気にしてはいけないだろう。
やらなくてはいけないこと。それは、翼を消すということだ。落ち着いて翼を消すイメージをすれば消すことができる。もちろん角を消すことも忘れない。そういえば、黒麒はどうして角がなかったのか気にはなったが後で聞くことにして、翼と角がないことを全身鏡で確認すると薬を飲んだ。水がなかったが、気にならない程すんなりと喉を通って行った。
1分程待っていると、違和感を感じた。いつもより景色が低いのだ。それだけではなく、胸が重い。自分の体を見下ろすと、いつの間にか体は女性に変化していた。
全身鏡で確認すると、たしかに姿は変わっていた。エリスたちもそうであったが、髪の色がグレーに変わっていた。これはサトリが言っていた副作用なのだろう。
何も考えないように少し大きい服を脱ぎ、下着を着けるとエードが持ってきた服に着替えた。最後にスカーフをつけて、おかしなところがないかをもう一度全身鏡で確認する。
――これで大丈夫だろう。
そう思い、紙袋と服を畳んで左手に持つと扉を開いた。扉を開いたと同時に、全員の目が龍に集中する。姿が女性に変わっているので当たり前だろう。
「似合ってるよ」
「思っていた以上ね」
白美とエリスがいつも通りに言う。今は別に構わないが、外ではその話し方はいけないだろう。話し方は女性のままだ。いくらなんでも注目されてしまう。
「服は持って行きますので、紙袋に入れてください。もしもあちらで戻るようなことがあったときに服がないと困りますので」
たしかにそうだ。女性の姿であればこの服で良いだろう。しかし、もし戻ったら男性だ。しかも、身長が違うので服が破れてしまう可能性もあるのだ。
そう思いながら紙袋を広げて中に服を入れた。服を入れた紙袋を黒麒が持つと、龍は気になっていた人物へと視線を向けた。その視線に気がついたのか、軽く頭を下げると彼は口を開いた。
「はじめまして。俺は自警団から来た、今回護衛となるラアット・サファトブ・イートスです」
――ああ、この男が。
自警団からくる護衛の男というわけではなく、白美が良く会いに行く男がこのラアットなのだ。すなわち、白美にいじめっ子と呼ばれている人物だ。
どうやら姿が変わって男性になっている白美であっても、彼は構わないようだ。龍に対して敬語ではあったが、白美に対して使う敬語は何処かデレデレしているのだ。敬語だろうと関係なく、態度もどこかデレデレしている。
彼なりに白美が好きだというアピールなのだろうが、アピールされている白美は相手にしていない。ラアットはそれでも良いらしく、気にしている様子はまったくない。
「では、行きましょうか」
そう言って、エードは着ていた白いローブのフードを被った。目立たないためだろう。彼は獣人ではないが、ハーフエルフのため目立ってしまうのだ。エルフのように耳が尖っている種族はあまり人間の住む国にはいないためだ。
それにしても、迎えに来たのが何故エードなのか龍には分からなかった。馬車で行くのだろうから、アルトでも良いのではないのか。リビングから出ていくエリスたちのあとに続きながら思うが、馬車の中で聞くことにして今は何も言わなかった。
荷物を乗せて、馬車に乗り込むと馬車の外から扉に手をかけた悠鳥が口を開いた。自分は行かないが、ウェスイフール王国に行くエリスたちを心配してのことだった。
「気をつけるんじゃぞ」
「分かってる。悠鳥はアレースをお願い」
「そっちに行かぬように見張っとくから心配せず行ってくるのじゃ」
そう言って扉を閉めてしまう。絶対とは言えないが、アレースは仕事をしていてウェスイフール王国へは来ないだろう。もし来たとしたら目立ってしまう。
それに、奴隷がいる国に国王が行くと良からぬ噂がたってしまう可能性がある。それくらいアレースも分かっているだろう。
ゆっくりと馬車が動き出す。エリスは景色を見ており、何も言わない。姉であるスピカが嫁いだ国のため行くのが本当は嫌なのかもしれない。身内を失った国へは誰だろうと行きたいと思わないだろう。
黒麒も黙って目を閉じており、ユキは耳を忙しなく動かしてはいるが、イスに大人しく座っている。問題はラアットだ。彼は白美に向かって話しかけている。馬車内が静かなため、小声だが会話が良く聞こえる。
「白美さんのことは俺が守りますから心配しないでください! あ、もちろん皆さんのことも守りますよ」
「ラアットが白美に守られるような気がするわよ」
「リシャーナさん、事実を突きつけないでください」
彼はリシャーナが男性となっても、いつものように話していることは気にならないようだ。気にしないタイプなのか、それとも白美以外はどうでも良いのか。どちらかというと、後者が正解だろう。
馬車が街を抜けると、突然スピードが上がる。アルトに乗せてもらった馬車より揺れは酷くないが、スピードがかなり出ている。
そういえば馬車を引く2頭の馬が見たことのない姿をしていたような気がして、乗るときに見た姿思い出す。馬車馬の額には一本の角があった。しかも、姿は馬ではあったが、体は鱗で覆われていた。
鬣や尾は馬のようで、足先も毛に覆われて馬のような足をしていた。顔は見ていないので分からなかったが、走るのが早い馬なのだろうか。
「この馬車早いけど、どんな馬が引いてるんだ? 鱗で覆われてたけど」
「この馬車を引いているのは
落ち着いた声で話すユキ。『龍』のような馬の姿をした生き物ということは、顔も『龍』なのだろう。馬車を下りてからでも確認してみようと龍は思った。
人のためになることを好む生き物ではあるが、一般の人は普通の馬に引かせる。それは客が怖がるからだ。だから、たとえ早く目的地にたどり着くことが出来ても、龍馬を使う人は少ないのだ。
しかし、それでも少ないが使う人がいる。何故ならお金があるものは利用するからだ。早く目的地にたどり着けるが、値段も少々お高い。だから、金持ちしか利用しない。
龍が見たことがないのも仕方がない。ヴェルリオ王国では城で飼育している6頭と東で飼育されている10頭のみなのだから。
クロイズ王国には数人が龍馬を使っている。だから、もし誰かに何かを聞かれればクロイズ王国から来たと言えば良いのだ。そうすれば旅をしていると思われるかもしれないから。
「そういえば、黒麒の角ってどうやって消したんだ?」
「あれは、あたしの幻を見せる力だよ」
そう。白美は目を合わせれば幻を見せることができる。自分は左目で幻を見せられている者と同じ光景を見ることができるが、今は同じ光景を見ずとも誰かが死ぬようなこともないため、白美には黒麒の額には角が見えている。前回ラアットに幻を見せたときは、ショック死する可能性もあったのだ。それに、今回龍が白美の目を見ずとも角が見えなかったのは、白美が狭い範囲ならば幻を見せることが出来るからだ。しかし、あまり得意ではないためいつもは目を見て幻を見せる。上手くいっていたのが嬉しかったのか、白美は嬉しそうに微笑んだ。
白美が自分の力だと言ったとき、隣に座っていたラアットの顔色が僅かに変わった。少々青くなった顔に龍と黒麒は首を傾げた。
2人は知らないのだ。ラアットは以前、白美に幻を見せられて炎に包まれたことを。炎を消そうと地面を転げ、失禁までしてしまったことを馬車に乗っている2人だけは知らない。リシャーナも知らないはずなのだが、彼女は情報屋だ。そのことは知っているだろう。
もちろんそれを知っているエリスたちも言うつもりはない。しかし、どうやらラアットは白美の幻を見せる力が怖いようだった。トラウマになってしまっているようだ。それでも、白美が好きなことには変わりはない。
「白美と目が合った人だけが角が見えないなら、目が合っていない人はどうするんだ」
「何か言ってきたら目を合わせて見えないようにすれば良いの。言わないなら放っておく。あの国では不思議ではないから」
龍に使ったように角を見せないようにすることは出来る。だが、得意ではないため疲れやすいので、あまり使いたくはないのだ。ウェスイフール王国は奴隷がいる国だ。角がある者だっているだろう。それに、ユキの存在があるのだ。奴隷を連れた集団と思われることは間違いない。場合によってはそう思われた方が良いだろう。
「それと、もう一つ。なんでアルトじゃなくて、エードが来たんだ?」
「アルトはウェスイフール王国に行きたがらないのよ」
たとえ、身分証明書があろうともアルトは奴隷と間違えられることが多いのだ。だから、仕事でもウェスイフール王国にはいかない。今回も断られたために、エードが来たのだろう。
アルトではなく、エードが来た理由が分かり龍は納得した。アレースに頼まれたのだとしても、首を横に振り断るアルトの姿が浮かんだ。身分証明書を見せる前に何かをされる可能性もある。もしかすると、すでに経験をしているのかもしれない。
「さて、馬車の中では構わないが、下りたら言葉遣いには気をつけないといけない」
落ち着いた声でユキが言った。リシャーナは格好からして、いつも通りで行くのだろうが他はそうはいかない。ラアットでさえ、白美に今の態度ではいけないのだ。
1人だけなら怪しまれはしないが、全員が見た目に反する言葉遣いや態度では怪しまれてしまう。それでは、ウェスイフール王国で行動しにくくなってしまう。
ウェスイフール王国へはまだ着くことはない。その間に言葉遣いを練習する必要がある。それは、エリスと白美だけではなく全員だ。
これも白龍を助けるため。そして、人生経験の一つだと思うことにして、龍はユキに怒られながら言葉遣いを練習することとなった。ユキに怒られて龍は言葉にせずに心の中で呟いた。「ユキは出来れば怒らせたくはない」と。それだけ、本気ではないにしろ怒った顔が怖かったのだ。これが人よりではなく、獣よりの獣人だったならば震えあがる程怖い顔をしていただろうと言葉遣いの練習をしながら龍は思った。
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『龍馬』って駿馬のことを言って、中国の伝説にもいたんですね……。書いている当時は知りませんでした。
別物と考えてください。というか、『ドラゴン』、『龍』、『麒麟』も同様に別物と考えてください。
この作品内で元々の『麒麟』などの設定は変更しております。
ユキは年齢より少々若い見た目の人よりの獣人。
今回龍は眠るとき靴を脱いでおりません。
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