第七章 記憶と
記憶と1
とうとう起こってしまった。多くの者が寝静まる、深夜1時。突然の大きな物音に龍は目を覚ました。龍だけではなく、街の人間全てが目を覚ましたことだろう。それ程に大きな音だった。
結局、リシャーナが家戻ってくることはなく、11時をまわった頃全員が部屋へと戻って行った。ユキはエリスの部屋で眠るようで、エリスについて行った。全員が部屋に行ってすぐに眠ったようで、物音もすることはなかった。
全員寝静まっていたが、先程の音で起きたようで他の部屋からも物音が聞こえる。龍は窓の外が明るく見え、カーテンを開けた。すると、部屋から僅かに見える城が赤く燃えていた。窓を開けると、隣の部屋の黒麒も窓を開けて城の方向を見ていた。
「何が……起こっているんだ」
「分かりません。ですが、行かなくては……」
そう言った黒麒の言葉に、2人は同時に窓を閉めた。そして着替えを素早くすませると、太刀と小太刀を携えて右手に大太刀を持って部屋から出た。
リビングへ行くと、準備を終えていた他の者たちがすでに揃っていた。だが、リビングの電気はついていない。白美と龍の目は夜でも良く見え、エリスたちには光って見えていた。
「城へ行きましょう」
「燃えてはいましたが、全てではありません。一部だけですので、どうにかして消さなくては……」
不安げな様子で強く言ったエリスに、リビングの扉を開けながら黒麒が答えた。廊下へと出て、扉の鍵を開いて外へと出る。こんな状況であっても、家から出れば鍵を閉める。こんな状況だからこそ泥棒が入る可能性があるのだ。
寝巻きのまま外へと出て、様子を見る人々の間を抜けて城へと走る。獣型の白美が先導するが、吠えている犬に阻まれ立ち止まってしまう。何を言っているのかを理解することは出来なかったが、白美は理解したのだろう。
立ち止まる白美の横を、気にすることなく通り過ぎるエリスたち。龍は一度立ち止まると、左手で白美を抱き上げて走り出した。驚いた白美だったが、一度龍を見上げた。そして獣型のままでは、走る龍に掴まることが出来ないので人型となる。龍の背中に両手を回し、誰かがついてこないか確認したが、みんな城を見上げるだけで追いかけては来なかった。
城へと近づくと、そこは燃え盛る海となっていた。城の近くにあった建物の多くが燃え、炎の中から燃えている人が走って出てくる。炎を消す人がいれば、炎の中で倒れている人であっただろう黒いものもある。
水の魔法が使える者たちは、水で炎を消そうとしていたが追いついていない。それどころか、全く消えていない。炎の魔法を使った術者の方が能力が高いのだろう。その様子を見ていた悠鳥が口を開いた。
「妾なら消せるかもしれぬ」
そう言うと悠鳥は、空へと飛び上がった。一度上空で止まると自分の両手である翼で体を覆ってしまう。体を小さく丸めたと同時に翼は大きくなり、完全に体を包み込んだのだ。
そして、翼を広げるとそこには1羽の鳥――『不死鳥』がいた。アカコンゴウインコのように翼が黄、青オレンジ、赤と綺麗な鳥。尾は短いものとは別に長い孔雀の尾のようなものが数本揺らめいていた。尾は『不死鳥』の翼と同じような色をしており、角度によっては体全体も色が変わる。頭には三本のアホ毛のようなものがあり、よく見ると『不死鳥』は燃えているように見える。『不死鳥』は一度大きく鳴くと、燃える家の上へと飛んで行った。
燃え盛る家の上で何度か旋回をすると、数秒後には炎は消えてしまった。何度も繰り返し、他の家に燃え移っている炎も消していく。術者よりも悠鳥の方が能力も高いため、炎を操り消しているのだ。
だが、全てを消すには時間がかかる。術者より能力が高い者が他にもいて、水の魔法で炎を消したとしても炎が回る方が早いだろう。炎を消すのが一番早い方法は術者を倒すことだ。消す方法は倒すだけではなく、止めてもらうだけでも良いのだ。
「術者は何処にいる」
「あそこよ」
周りを探す龍に、落ちついたエリスの声が聞こえた。彼女は城を見上げていた。視線の先を追うと、城の屋上に誰かがいる。燃えているのは左右にある城の屋根だ。人がいる場所は城の中心の屋根が平らな屋上だった。
本来ならば、それが誰なのかエリスには分からないだろう。しかし、それが誰なのかは分かっていた。黒いローブを着ている探していた人物の1人。
スカジ・オスクリタだ。
周りが炎で明るくなっているため、夜であっても彼の姿が良く見えた。彼はそこから燃える街を見下ろしている。その口元に笑みが浮かんでいるのを、龍は確認することが出来た。炎を消す悠鳥のことも見ているようだ。
近くの炎を消そうと、白美が氷や水の魔法を使うが太刀打ち出来ない。エリスたちは炎を消す術がないので、城を見上げていた。生きている人々は逃げたり、どうにかして炎を消そうとしている。
炎の中から出てくる人はいないが、近くに怪我をしている人たちは多くいる。寝ているときに起こったのだから、逃げるときに怪我をしたのだろう。安全な場所へと向かう人々に、他人を助ける余裕はほとんどない。
「黒麒、貴方は怪我人を安全な場所へ連れて行って。最悪ルイットにまで避難すれば安全なはずだから」
「分かりました。主……エリス。必ず生きて、また会えますよね」
「……私が死んだら、貴方も死ぬのよ。大丈夫。私は死なないし、黒麒も死なないわ」
名前を呼ばれて驚いたエリスだったが、微笑んで言った。黒麒を安心させるため、心配させぬために。エリスの言葉を聞いて、黒麒は一度頷いた。
もしもエリスが危険になったら、龍たちが守ると分かっていても戦うことが出来ない自分1人がエリスから離れるのは不安なのだろう。
何かを言おうと開いた口を閉じて、黒麒は怪我をしている人を誘導する。老人や、怪我で歩けない人は、近くを歩いている人に声をかけて一緒に逃げてもらう。
黒麒自身も怪我人に手を貸して、エリスたちから離れていく。ここにいれば何が起こるのかは分からない。残してしまうエリスが心配だったが、黒麒はエリスに頼まれたことをするために前を見た。
残された白美だけが黙って黒麒を見ていた。姿が見えなくなるまで見送ると、城を見上げた。やはりそこにはスカジがいる。彼が炎を操っているのか、悠鳥が消してもすぐに別の家が燃えていく。それでも悠鳥は消すことをやめなかった。止めてしまったら、さらに広がってしまうから。
「
突然、白美の声が響いた。声に反応した悠鳥だったが、少し遅かったようだ。『不死鳥』である彼女に向かって無数の矢が降ってきたのだ。それは氷を纏っていた。今の彼女の姿では矢でダメージはない。炎を纏う体では矢が先に燃え尽きてしまうのだ。
だが、氷を纏う
そのまま悠鳥は炎の中へと落ちていく。炎の中へ落ちても悠鳥は死なない。炎は彼女には効かないのだ。それに、助けに行きたくても行くことは出来ない。助けに行ってしまえば、こちらが炎により燃えてしまう。
「うわあああ!」
近くで聞こえた悲鳴に、白美は聞き覚えがあり振り返った。少し離れた場所に見覚えのある男が座り込んでいる。その近くには黒くなった人だったものが倒れている。男は腰を抜かしているようだが、怪我をしているようには見えない。
一度エリスへと視線を向けた白美は、彼女と視線が合うと何も言わずに男へと駆け寄って行った。近づいてきた九尾に驚いて後退る男。突然魔物が来たら誰であっても怖いだろう。たとえ、その魔物が使い魔であってもだ。
「そこのいじめっ子! 消火が出来ないなら怪我人を助けなさいよ! 怪我してないんでしょ!」
崩れてくる炎を纏った瓦礫を氷らせながら白美は叫んだ。その男は、白美に幻を見せられた男だった。大勢で人をいじめることは出来ても、1人では何も出来ない度胸のない男は突然『九尾の狐』に言われて何も言い返せないようだ。
それどころか、立つことも出来ずに震えている。降ってくる瓦礫を氷らせ、周りに被害が広がらないようにする白美だが、男は動かない。そんな男に苛立った白美は、瞬時に化けた。あのときの大人の女性の姿に化けると、男はあの日の出来事を思い出したのか目を見開いた。
「魔力のない人間をいじめる度胸があるなら、あんたの魔力を生かせる今何もしないでどうするの!? 魔法が使えても何も出来ないなら、怪我人を助けるくらいしたらどう!?」
両手で服の襟を掴み、男を持ち上げて言う。こうしているだけでも、無駄な気はしたが、男が何もしないままでいるのは苛立ちが募るのだ。
魔力もないのに戦った友人は勇敢だったが、魔力があるのに戦うこともせずに腰を抜かしているこの男は何なのだと両手に力を込めながら思う。首がしまり、男は苦しそうにしている。
これ以上言うこともないと手を離すと、男は受け身をとることも出来ずに倒れてしまう。これだけ言って何もしないのなら、所詮はその程度の男だったということだと思い、白美は降ってくる瓦礫を氷らせる。
決して砕くことはしない。そんなことをすれば、被害が広がってしまうからだ。怪我をしていない人も怪我をしてしまう。白美は、氷さえ纏っていれば好きな場所へ落とすことが出来る。人がいない場所へ瓦礫をゆっくりと落としていくと、倒れていた男が立ち上がった。
何をするのかと瓦礫を氷らせながら気配をたどると、怪我をしている人に手を貸したのだ。どうやら白美の言葉は男に届いたようだった。他にも怪我をしていない人が怪我人や老人に手を貸す。その多くがパニックになりながらも、白美と男の様子を見ていた人たちだった。
彼らのおかげで、危険な場所にいた怪我人と老人は安全な場所へと移動した。残るのは炎を消火しようとしている人たちと、エリスたちだけだ。彼らは避難しないのだろう。たとえ消火出来ないと分かっていても、燃え移るのをどうしても止めたいのだ。
白美も苦手な水魔法で消火を手伝うが消えることはない。すると、白美の後ろから威力の強い水魔法が炎へと向かっていく。それでも消えることはない。白美が手を止めずに振り返るとそこにいたのはあの男だった。
お互い何も言わない。数秒見つめていたが、すぐに消火に集中する。瓦礫が降ってくると、白美は水から氷へと魔法を変える。いつ消えるのかも分からない炎に、疲れる者が増えていった。
消火を頑張る白美たちを見下ろすスカジは笑っていた。小さくなることもない炎に、無駄なことをする人々に笑いが止まらないのだ。
「ふははははは!! 馬鹿だな! この私の魔力よりも高い者がいないことは調べつくして知っているんだ! 無駄な努力はやめて、私に命乞いをしたら良い!!」
笑うスカジの横へと1人の男がやってくる。スカジの横で燃える街を見下ろすその男は、ビトレイ・アーストだ。その手には弓と数本の矢を持っている。
先程悠鳥に攻撃した本人だ。魔法は苦手だと言うビトレイも、口元に笑みを浮かべている。
「もう少しで、この国は俺たちのものになるな」
「そうはさせない」
「ん?」
ビトレイの言葉に返したのは、スカジではない男の声だった。2人が声のした方へと振り返る。そこにはアマスクタイプのベネチアンマスクをつけた男――この国の国王が立っていた。右手には一本の白い刀を持っている。
鞘から抜かれたそれを強く握っている国王に、ビトレイは笑みを浮かべて口を開いた。
「もしかして、それで俺たちに向かって来るつもり? あははは!!」
余程おかしいのか、ビトレイはお腹を抱えて笑っている。それは止まらない。笑うビトレイに、国王は苛立つ。国王の刀を扱う腕は良い。近衛兵や自警団でも国王に勝てる者がいないくらいなのだ。誰も国王だからと手加減はしていない。
そんな彼の腕を知らないのか馬鹿にするビトレイに、横にいたスカジも口元に笑みを浮かべた。スカジは国王を見下すようにして見ている。
「国王が勝てるとは全く思えないけど……相手してあげるわ」
舌なめずりをするビトレイは弓と矢を放り投げると、指を鳴らして一本の剣を手元に出した。鞘から抜くと、鞘を足元へと落とす。
手のひらを上に向けて、かかって来いと動作をするビトレイの挑発に国王は乗ってしまった。両手で強く柄を握り走り出す。
向かうのはビトレイただ1人。横にいたスカジは巻き込まれないようにと少し離れて2人の様子をうかがう。
振り下ろされた刀を、ビトレイは両手で持った剣で受け止めた。それを弾くと、今度はビトレイから攻めていく。横に振ると、国王は後ろへとさがり攻撃を避ける。上手く距離をとれたことに国王は笑みを浮かべた。だが、ビトレイの攻撃は素早かった。
横斬りをしたと思ったら、斬り上げるのだ。大きく一歩を踏み出して距離を詰める。さらに、斬り上げてから袈裟斬りにもする。国王に攻撃の隙を与えずに、追い詰めていく。
国王が追い詰められたのは、先程までビトレイが立っていた場所だ。それ以上下がることは出来ない。もし下がってしまえば、腰までの高さしかない柵へとぶつかってしまう。そして、そのまま落ちてしまうかもしれない。
下がることの出来ない国王は剣を刀で受け止めようとした。しかし、ビトレイはそれを待っていたのか嬉しそうに笑みを浮かべた。その顔に、国王は恐怖を感じた。
だが、避けることも出来ないので、柄を強く握りしめると剣を受け止めた。しかし、受け止めることは出来なかった。
刀の側面に当たった剣が、国王の刀を折ったのだ。目の前で起こった光景に目を見開くしかなかった。ビトレイは元々、国王の刀の折るつもりだったのだろう。
左手でお腹を抱えて笑っているが、剣先は国王へ向けている。持っていた残った刀を、ビトレイへと投げつけるが体を横にずらして簡単にそれを避けてしまう。
「思っていたより弱いんですね。がっかりですよ、国王様」
「そういえば、最後に貴方に紹介したい人たちがいるんですよ」
そう言ったスカジの言葉と同時に屋上へとやってきた多くの人。それは近衛兵と城で働くメイドや執事たちだった。言葉もなく驚く国王にスカジが勝ち誇った笑みを浮かべて言った。
「人を操り、記憶を操作することも私は簡単に出来るんです。……今日から私が国王だ。我々がこの世界を支配する。そして、あの世界も」
国王にはあの世界とは何処のことなのか分からなかった。何処を見ているのか分からない近衛兵たちは、どうやらスカジに操られているようだ。街の人々もあのときスカジを見たと言っていたが、記憶を操作されてそう思っていたのかもしれない。
国王は歯を食いしばり、スカジを睨みつけた。その顔を見てスカジは笑う。
「それでは、さようなら。国王様」
手を振るスカジに文句でも言ってやろうと思ったが、それは出来なかった。
目の前にいたビトレイが、国王を袈裟斬りにしたのだ。斬られたはずみで後ろへと下がった国王は、柵にぶつかり、そのまま屋上から落ちていく。スカジとビトレイの笑い声が離れていく。
頭から落下する国王の目に黒い翼と金色の何かが見えたが、それが何なのかを理解することもなく目を閉じて意識を失ってしまった。
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