不吉4
*
話し終えた白美は懐かしそうに目を細めた。話した内容には、嫌な記憶も多いだろう。それでも、嬉しそうに話していた白美。黒麒よりも付き合いが長いことに龍は驚いたが、殺されそうになりながらも人が多い街へ近づくことができる白美に感心していた。エリスがいるから、使い魔である証明ができるピアスをしているからというのもあるのだろう。だから、エリスがここにいなくても大人しく待っていられるのだ。
「俺だったら街に近づくことはできないな」
「最初は怖かったよ。でもね、みんながみんなあたしを怖がっているわけじゃないの。近づいてくる人もいたの。だから、怖がってちゃいけないって思ったの。それに、このピアスもあるから。でも、人が多い場所には獣の姿と、この子供の姿じゃあまり行かないんだけどね」
多くの人が白美の姿を知っているから、その姿では行けないということなのだろう。白美に違う姿でなら行くのかと問いかけようとした時、また刺すような視線を龍は感じた。視線は街の中からだったが、誰の視線だったのかはわからなかった。人が多すぎて、視線の人物を特定することができなかったのだ。多くの人が龍と白美を見ているため、特定ができるはずもない。
――さっきと同じ視線だった。いったい、なんなんだ。誰なんだ?
先ほどまで涙目だった白美は、今は嬉しそうに微笑んでいる。人々の言葉が聞こえなくなったわけではないが、それでも微笑むようになったことに龍は安心した。涙目のままなのはよかったが、泣かれると困ってしまうからだ。それに、白美は刺すような視線に気がついていないようだった。それならば、その視線は龍に向けられたものなのだろう。
「1人で待つより、2人で待っていると楽しいね」
いつも1人で待っているような言い方だ。だが実際は、龍が来る前までいつも1人で待っていたのだろう。ユキは毎回ついてくるとは限らない。黒麒はエリスについて行き、荷物持ちをしているのだろう。力仕事ならば、黒麒に頼むだろうから。ユキが留守番をしているのならば、白美も一緒に待っていればいいのではないかと考えるが一緒に出掛けたいのならば仕方がない。
1人で待っている時の白美は泣いていたのだろうか。そんな白美を見たことがない龍にはわからなかった。白美も話すつもりはないようだったが、今後泣かずにいられるのならば、一緒に待っていてもいいと龍は思ったようだ。あと何度街の入口で待つことがあるかはわからない。それでも、待っているのもいい。待っていれば、必ず戻ってくるのだから。もう二度と戻ってこないということは、今のところ無いのだ。
「お待たせ」
「あ! お帰……り」
戻ってきたエリスに走り寄ろうとした白美だったが、何故か龍の後ろに隠れてしまう。顔を上げて帰ってきたエリスと黒麒を見て、何故隠れたのかを龍はすぐに理解した。街へ入った時は2人と1匹だったのだが、今は違うからだ。龍も自分より身長の高い人物が近くにいれば、もしかするとその人の後ろに隠れたかもしれない。その人物を見て、龍はそう思った。
エリス達と一緒に、見知らぬ金髪の男がいたのだ。龍は知らないだけで、エリス達は知っている人物のようだ。どうやら白美は、その人物を見て隠れたようだった。氷のように冷たい眼差しをした男。一目見てこの男は魔物が嫌いだとわかる眼差しをしていた。しかし、白美が隠れたのは男の眼差しを見たからというわけではないだろう。きっと、元々この男が苦手なのだろう。
「エリス、なんだこの不吉な生き物は! しかも、こいつもまだ使い魔にしてるのか! 使い魔は黒麒だけにして、こいつらとの契約は破棄して家に帰ってこい!!」
「破棄しないし、帰らない。私の人生に口を出さないで」
「お兄ちゃんは心配なんだ!」
「心配してくれてありがとう。でも、私の人生よ。アレースが口を出していいものじゃないの」
荷物を黒麒に持たせているエリスは腕を組んで、アレースと呼んだ男を睨みつけた。どうやら彼は、話の内容を聞いているとエリスの兄のようだ。エリスの口ぶりは、兄に対するもののようには思えなかったが。アレースは黙ったままエリスを見ていたが、大きく息を吐いた。このやり取りも、もしかしたらいつものことなのかもしれない。
「……わかったよ。今日は帰るから考えてくれ」
「考えても同じ。変わらないわよ」
「……いいから、考えろ。それと、これを渡しておく」
そう言ってアレースが渡したのは、蝋封がされた手紙だった。それを無言で受け取ったエリスを確認すると、龍と白美を睨みつけた。そして黒麒に対しては軽く頭を下げて、彼は立ち去って行った。龍は、人混みの中に消えていくアレースの背中を黙って見つめていた。
――さっきの視線、この男か? いや、違う気がする。
先ほどの刺すような視線に龍はそう思ったが、首を傾げた。何故なら、視線を感じた時アレースはすでにエリス達と一緒にいたのだろうから。そう考えると、先ほどの視線はアレースではないといえるのだ。封を切ることなくエリスは手紙を黙って見つめていたが、ポケットに仕舞うと龍の後ろに隠れている白美の頭を撫でた。
「ごめんなさいね。いつも怖がらせて」
「使い魔が嫌いなんだから、仕方がないよ」
頭を撫でられて嬉しそうに微笑み尻尾を振る白美。その笑顔にエリスも微笑むと、図書館へと向かって行く。使い魔が嫌いな人間に、愛想よくしろと言うのも無理な話である。ユキがエリスを追いかけると、黒麒、龍、白美もあとに続く。
少々急な坂道を誰もが無言で上る。話しをすれば疲れてしまい、息もあがるため上りきるまで誰も口を開かなかった。最後尾を歩く龍の姿に視線が集中するが、先ほどのような刺す視線が無いため気にすることはなかった。
坂の上までたどり着くとエリス達は図書館の中へ入ったが、龍は自分が出てきた窓へと向かった。『黒龍』の姿でいるため、中に入ることができないからだ。人型になり中へ入ろうとしたのだが、それができなかったためでもある。暫くしたら人型にもなれるだろうと考え、今は大人しく図書館の裏へと回ったのだ。
窓から出たあとに黒麒が閉めた窓を、中から黒麒に開けてもらい、龍は頭だけを中に入れる。それを見て、黒麒は足元に置いていた荷物を持って部屋から出て行った。
「……で、さっきの男はエリスの兄なのか?」
荷物を持ってどこかへ行ってしまった黒麒を見ながら言った言葉は、誰かが答えてくれればいいと思って言った言葉だったようだ。部屋から出て行った黒麒とは違い、エリスと白美はイスに座っている。ユキは窓の近くで日向ぼっこをしていた。エリスはテーブルに開いたままの本を手に取り、それを読みながら答えた。
「
少々不機嫌になりながら答えたエリスだったが、龍は一つ疑問に思うことがあった。ユキは使い魔ではなく、動物だからいいのだ。だが使い魔が嫌いと言いながら、ある1人のことは嫌っているようには見えなかった。それどころか、どちらかというと気に入っているようにも感じられた。
「使い魔が嫌いなのに、黒麒は嫌いじゃないのか? 黒麒も使い魔だろ?」
「アレースは使い魔というより、魔物が嫌いなの。魔物よりも使い魔のほうが会う機会が多いから、そう言っているだけ。だから、使い魔に限らず魔物は全て嫌いなの。とくに不吉な存在が。災いが起こると思っているのよ。スカジの時も白美の時も、何も起こらなかったのに。……黒麒は神聖な生き物だから嫌いじゃないの。だから、使い魔は黒麒だけにして帰ってこいってうるさいのよ」
黒は不吉。だが、『黒麒麟』は神聖な存在のため不吉ではないという。エリスはアレースに対しての愚痴を呟く。白は神聖なら、白美は神聖な魔物として黒麒と同じ扱いでもいいはずだ。狐の目が青いだけで不吉というのはこの国だけなのか、それともこの世界全体のことなのか龍にはわからない。
エリスはアレースに何度も同じことを言われているようで、大きくため息を吐いている。
「『黒麒麟』は珍しいんだって。だから、他の『麒麟』よりも大事にされているみたい」
「他の『麒麟』?」
「黄、赤、白の『麒麟』よ。でも、一番珍しいのはそれらを束ねる『麒麟』かしらね」
落ちついたユキの言葉。黒の他に三種類の『麒麟』がこの世界のどこかにいるかもしれないのだ。しかし、目撃情報がないだけで他にも種類がいるかもしれない。そして、それらを束ねる『麒麟』が存在しているという。
だが、『麒麟』を何百年も見た人がいないとユキは続けた。本当にいるのか、いないのかすら証明できないのだ。しかし、黒麒が実体化できるというのは存在している証明にもなるのだという。存在していない魔物は召喚すらできないらしく、過去に試した人がいたようだ。その時に召喚されなかった魔物がいた。それは存在しないとされているのだ。
「四種類の『麒麟』を束ねる『麒麟』って何なんだ?」
「昔、一度だけ目撃されたみたいよ。この本によると、四種類の『麒麟』よりも大きくて、額に一本の大きな角がある金色をした『麒麟』。他の『麒麟』とは違い、人型になることができるみたい」
まるで他の『麒麟』は人型になれないというような口ぶりだ。それならば、何故黒麒は人型になれるのかという疑問も浮かぶ。
「私は、『黒麒麟』ではありますが、本から召喚されたので本当の『黒麒麟』とは違いますからね」
そう言った黒麒に、そうなれば本当の『黒麒麟』がどこかにいるのかもしれないと龍は思ったようだ。一度しか目撃されていないため、金色の『麒麟』が本当に存在し、人型になるのかも不明ではある。もしも本当に存在するのならば、金色の『麒麟』のみならず、四種類の『麒麟』に会ってみたいと龍は思ったようだ。何百年も目撃されていないため、会うことは不可能に近いのだろう。
「そういえば、さっきの手紙って何だったの?」
イスに座り足をばたつかせる白美に言われて、ポケットに入れた手紙を思い出したエリスは、テーブルの上に手紙を置いた。それは先ほどの蝋封がされた手紙。
差出人は書かれていないが、アレースから手渡された手紙だ。アレース本人からの可能性もある。その手紙の蝋封には鳥が描かれていた。
「この国の国旗に描かれている鳥よ」
蝋封を見ていた龍に気がついたエリスが答えた。何の鳥かはわからないが、この国の国旗に描かれている鳥だと知った龍は、他にも国があり国旗もあるのだと今更気がついた。ヴェルリオ王国という国があるのだから、他の国も存在しているだろうことは考えなくてもわかることだったのだ。
エリスは封を切ると一枚の紙を取り出した。封を切ったことにより、砕けた蝋がテーブルに落ちる。何が書いてあるのか龍には読めなかったが、エリスは紙を丸めるとゴミ箱に投げ入れた。
「捨てていいのか?」
「召集の手紙だもの。任意だから行かなくてもいいものだし」
「でも、……行ったほうがいいんじゃないのか?」
「……なら、行ってみる? 2日後に城への召集だけど」
任意だとしても行くのと行かないのでは、印象が変わる可能性があるのではないかと思って言った言葉に、微笑み答えたエリスに龍は何も言えなかった。印象が変わろうが、エリスには気にするようなことではないのだ。
城には行ってみたいと龍は思ったようだが、人型を保っていられないのだ。『黒龍』の姿で行ってもいいのかと口には出さずに目で問いかける。その姿で行けば、騒ぎが起こる可能性もなくはない。
「私の他にも何人か召喚士はいるし、人型じゃないのも多いから大丈夫よ」
「大きいのは少し問題かもね」
「それ、大丈夫じゃないだろ……」
笑いながら言う白美に思わず突っ込みを入れる。2日後までにはもう少し人型を保つことができるようにしなければならない。そうすれば、問題なく人型で城に入ることができるかもしれない。そのためにも黒麒に毎日の訓練をもう少し長くしてもらう必要があると思った龍は、黒麒が部屋に戻ってきたら頼むことにしようと決めたようだ。
「行くのなら、もしものために戦えるようにも訓練しないとね」
「え、いや俺は黒麒に……」
「戦えないと不便だものね。訓練は半分ずつに分けたほうがいいわね」
人型を保つことができるようになりたい龍だったが、戦えないと不便だという言葉に納得もできる。何かあった時に、戦えないと困ることもあるからだ。龍は自分の考えを言うことなく黙って聞いていた。
エリスは戦力になる人間が必要だったから龍を呼んだのだ。こちらへ来た時に人間ではなくなってしまったが、戦力になる存在が必要なのは変わっていない。人型が保てるようになり、戦うこともできれば戦力になる人間にもなり得るのだ。人間ではないが。人型になれずとも、『ドラゴン』の姿でも戦うことができればいい。
戦力が必要と言われていて、人型を保つ訓練ばかりをしているのも駄目だと思い直す。戦えないと意味がないのだ。どちらの姿でもいいので、戦えるようになりたいと龍は思っていた。それは、エリスの願いでもあるのだから。
「そうだな……白美に訓練してもらうか」
「よしきた!! あたしが今から訓練したげる! 厳しいからね! さあ、やるよやるよ!!」
声を弾ませて窓から外へ飛び出す白美が、龍の横を通り過ぎる。通り過ぎた時に白美から冷気を感じ、窓から室内へ入れていた頭を外に出すと白美が歩いたであろう場所が何故か凍りついていた。それは何故なのか。
いつの間にか獣型になっていた白美が、九つの尻尾をそれぞれ別々に揺らしながら、体の周りにいくつもの氷の粒を浮遊させて微笑んだ。それは、氷魔法が得意な白美の力の一つだ。氷魔法を使うため、体に冷気を纏わせたために歩いた場所が凍りついているのだ。
「黒くんが戻ってくるまで訓練だよ!」
「待って!! これどうするんだ!!」
氷の粒を飛ばしてくる白美に叫ぶが、体が大きいため俊敏に動くことができず氷の粒が体に当たる。氷の粒が当たった場所は凍りついていく。避ける方法もわからず、全ての攻撃が龍に当たってしまう。前足や尻尾で払おうにも、氷の粒が飛んでくる速度が速すぎてそれすらできない。
「避けるか反撃しないと凍りついちゃうよ! きゃははは!」
「反撃ってどうやるんだ!! やりたくても、両方できないんだよ!!」
龍の叫びが虚しく響く。誰も教えてくれず、考えても方法がわからないので何もできない。白美は余程自分の攻撃が当たるのが嬉しいのか、笑いながら攻撃を止めることはない。笑いながら攻撃してくるなんて、まるで戦闘狂のようだと思わないでもない龍だった。
どうにか体を動かしても白美の攻撃が的確に体に当たる。足元に氷の粒を当てて龍の足や、周辺を凍らせて動きを封じる。顔へ向かってくる氷の―粒は頭を大きく振り叩き落とすが、顔が凍りつくことに変わりはなかった。エリスは、ゴミ箱から召集の手紙を回収しながらその様子を黙って見ていた。
「食事の準備ができましたよ」
暫くして黒麒が呼びに来ても、白美の訓練は止まることはなかった。攻撃ばかり仕掛ける白美に、ユキが避け方を教えなければ意味がないと呟いても聞こえていないのか攻撃を止めない。
せっかく黒麒が準備した食事が冷めるとエリスが怒るまで、白美の訓練は終わることはなかった。誰が声をかけようと、声が耳に入っていなかったのだ。余程自分の攻撃が当たるのが、嬉しかったのだろう。
一度キッチンに戻り、お湯を沸かしてそれを持って黒麒が戻ってくる。凍りついた龍の足元や顔にお湯をかけて氷を溶かしてくれる黒麒に、思わずどうやって避ければいいのか尋ねるほど今の龍は白美の攻撃に参っていたのだった。一方的に攻撃を当てられていれば、仕方のないことだろう。
*
ヴェルリオ王国。ヴェルリオ城、玉座の間。レッドカーペットが敷かれた大きな部屋。玉座に座るのは、アイマスクタイプのベネチアンマスクをつけた1人の男性。その男性は何も言わず、ただ黙って座っている。
部屋には窓がなく、朝なのか夜なのか確認することはできない。その理由は、ここが玉座の間ということが関係している。もしも窓があった場合、窓からの襲撃がないとも限らないからだ。部屋に他の人間はいない。玉座に1人座る男性のみだ。
「国王。手紙が全員に行き渡ったようです」
ノックをすることもなく玉座の間へと1人の男性が入ってくる。それは、スカジ・オスクリタだった。国王と呼ばれた男性は何も言わずスカジを見つめた。スカジは国王専属召喚士のため、この部屋へ訪れることはおかしいことではない。
国王専属召喚士であるスカジは、ノックをせずに玉座の間へ入ることを許されていた。だが、国王の他に人がいる時はノックをしなければいけない。たとえ許されていても他の人がいる時は、いつもノックをして入っているのだと思わせているのだ。それが本来、国王と会う時の礼儀というものだ。国王ではなかったとしても、部屋へ入る時はノックをするものなのだから。
スカジは玉座の前で立ち止まると、跪かずに国王を見上げた。本来であれば一度は跪くものだが、それすらも許されているのだ。スカジは右手に数枚の紙を持っている。
「任意となりますので全員が来るとは限りませんが、当日はどちらへ集めましょうか」
手にしている紙を見てスカジは全員で何人いるのか、召喚士は何人いるのか、使い魔は何体いるのかを確認する。全員が来るのであれば、広い部屋が必要だが、来る人数がわからないためどこの部屋に案内すればいいのか困るのだ。
部屋によって大きさが異なるため、どこの部屋がいいのか決めるための確認に玉座の間へと来たようだ。それに、最終の決定権は国王にあるため、1人で決めるよりも国王と共に決めるほうが手間がかからずよいのだ。大勢が部屋に入れても大きい魔物がいれば部屋に入りきらない可能性もある。それに時間や場合によっては使用できない部屋もある。掃除をする時間であれば、部屋を使用することができないのだ。
掃除時間をずらせばいいのだが、部屋数が多いためずらすのはメイドや執事達に申し訳ない。彼らも決まった時間に掃除したいだろう。そのため掃除時間に、掃除をしている部屋は使用できない。たとえどんな人物が来ても、それは変わらないのだ。
「謁見の間か、ここ玉座の間がいいですね。任意ですので来る人数も多くないと思いますので、国王が移動せずにすむようにここでも構いませんか?」
国王は返事をせずに右手を上げることでここでいいと肯定をする。声を発しないことに、スカジは疑問に思うことはない。それは、いつものことだからだ。
「では、当日は玉座の間へ皆様をお連れしますね」
一度頭を下げて国王へと背を向けて、スカジは扉へと向かう。扉を開こうと左手を伸ばし、スカジは思い出したことがありその場で振り返り口を開いた。
「そういえば、召喚士エリス・リュミエールが『黒龍』を召喚して使い魔にしたそうですよ。不吉なことが起こらないといいですね」
国王が魔物嫌いであり、黒が不吉でよくないことが起こると信じているからの言葉だった。自分が少し前までは黒いローブを着ていたことは忘れているかのような言葉だ。だが、今現在もスカジは黒をメインにした服を着ているため、彼自身も不吉な存在だということに代わりはない。それに、黒いローブを着なくなったわけではない。未だに城の外へ出かける時に着ていることが多いのだ。それだけを言うとスカジは、ゆっくりと扉を開けて玉座の間から出て行った。
その時、スカジが浮かべていた笑みの意味を知る者も、見ていた者もいなかった。もしも見ていれば、何かが変わったのかと言われればそれはないだろう。何を思って笑みを浮かべたのかもわからないのだから。
白美が使い魔となり、ヴェルオウルに住むようになってからも不吉なことは起こらなかった。『黒龍』が現れた今回も何か不吉なことが起こらなければいいと思いながらも、国王は無理だろうと思っていた。隣国クロイズ王国との状況があまりよくないのだ。国王本人は仲良くしたいと思っているのだが、昔から仲が悪いため突然仲良くなることはできないのだろう。だが何かのきっかけがあれば、国王同士だけではなく国同士仲良くすることができるかもしれないと考えていた。
今のタイミングで戦争なんかが起これば、不吉な『黒龍』の所為となるだろう。それを思うと国王の口からは溜息しか出てこない。たとえそれが『黒龍』の所為でなくても、不吉なことが起これば誰もがそう決めつけるだろう。国王は何かを考えると玉座から立ち上がり、扉へと向かって行った。そして、静かに扉を開いた。
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