至上の主上③

夜の鎧に掛けられた魔法で蝶の姿になり、後方でゆっくりと進軍していた夜の君の下に逃げ延びる。玉座で不機嫌そうに目を閉じた美しい顔は、神が創造したものと見紛える程に整っている。

その顔の大きな目が開くと、人の姿に戻った俺の姿をしっかりと見下ろす。


「しくじった……ありゃぁ相当やり辛い相手だ、こっちが剣を振るのも躊躇うくらいの執念だ。俺らを見ている様で、まるで見られちゃいねぇ」


俺を見下ろす顔は瞬きすらせずに固まったままで、どうにもやり辛い相手がここにも居たらしいと、参って頭を搔く。


「にしても、胸を貫かれても死なないとは驚きだ。俺はなんで生きてるんだろうな」


「もう良い下がれ」


天に向いていた右の手ひらの人差し指を天に向かって立て、俺の足元から天に伸びた炎が体を包んで、貫かれた胸が再び焼かれるように痛む。

これで用済みかと抵抗せずに瞼を閉じるが、それ以外は何も起こらずに、目を開くと夜の君がまた瞼を閉じていた。


「おいおい、こりゃどういう事だ。胸の血が止まってるぜ、しかも体に付いてた血もぼろぼろだった鎧も綺麗になってやがるじゃねぇか」


「グレイル、夜の君は下がれと言っただろう」


「参謀にゃ聞いてねぇ、俺を殺しゃしないのか? ミスったんだぜ俺は」


ここで死にたい訳じゃないが、騎士として攻略を名乗り出たにも関わらず敗走し、更に逃げ帰って来たなど恥晒しとして処分されるには十分過ぎる。それなのに傷を塞いで下がれとだけ言われるなど、待遇に何もかもが納得行かない。


抗議を続ける俺に呆れたのか、もう一度目を開いた夜の君は小さな口を少し開く。


「次の出番まで傷を癒せ、今の不完全な私では傷を塞ぐ事しか出来ぬ。お前はここで死なすには惜しい実力だ、行けるところまで行き、然るべき場所で死ね」


「……お前こそ至高の主上なのかもな」


既に目を閉じていた夜の君に跪いてから低頭し、看護師の居る隊に行って治療を受ける。

ベッドに寝転がると空には黒が広がっていて、帝都の壁の光と隣合っていた。

その異様な光景を目の当たりにしても、自分の上に広がる闇に意識が落ちる。

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