至上の主上②
「……ッ、駄目だなこれは。強い、私などでは到底敵わない。剣技に拘るのもここまでか」
打ち合いを初めてから数分が経過したが、普通の剣はへし折られて地面に転がり、妙な感覚の斬撃をナイフで受け続けていたが、それも限界が迫って来ていた。
痺れ続ける手を振って痛みを緩和させようとするが、その隙を見逃してくれる筈も無く、復讐に駆られたグレイルは闇を纏った一撃を乱打する。
「ストレルカ!」
「ふんっ!」
光の矢を容易く斬り払ったグレイルの眼光は赤く線を引き、鋭い斬撃を的確に私の苦しい場所に置いてくる。
防御に精一杯で反撃が出来ない状況を打破する為に、ジュンにも秘密にしてきた雷を身に纏う。
グレイルが纏った闇に弾かれて吹き飛び、投げ捨てられた斧にぶつかって止まる。
「デミミョルニル」
ナイフを擬似的にミョルニルに姿を変えさせ、更に持ちやすい形に変形させて
闇を纏わせた剣でグレイルは迎撃するも、容易く砕いたデミミョルニルは手元に返って来る。グレイルに標的を合わせた筈だが、斧だけを破壊して戻って来る辺りは紛い物らしい偽物だ。
手の中に収まったミョルニルの形を再び変え、今度はジュンの使っていたデュランダルを模す。
「不思議だなこのナイフは。私は1人じゃない、この剣を見たら分かる」
「その程度の魔力で、俺に勝てると思うなよ小娘。俺の半分以下もねえじゃねぇか」
「シュメッターリングタンツェン」
黒色の蝶がグレイルを包み込んで大きな柱を作り上げ、セルマの一撃が次元を切り裂いて雷が落ちたかの様な轟音を鳴らす。
ズレた次元がグレイルの左腕を食い千切り、蝶が飛んだ左腕を貪り尽くす。
「ぐッッ、みぃぃこぉぉぉ!」
放たれた巨大な闇を受け止めても尚溢れ出す憎悪が形を変え、より凶悪でより純粋な極悪に姿を変えさせる。
黒の鎧はグレイルを捕食する様に醜く飲み込み、それでいて美しさを感じさせる天使の様な純粋さを放つ。
増幅した魔力が目の前で燃やされ、セルマの次元断を打ち破り、飛び回っていた蝶を尽く消してしまう。
「一騎士として、貴様と果たし合おう。神の巫女」
「最早騎士など古い、これからは魔法と共存していく魔道騎士の時代だ。そして一騎討ちではなく、集団戦法が主流となる」
「やはり……貴様は騎士の恥晒しだ!」
「闇に墜ちた貴様に、生者に伝えられる言葉などあると思うな!」
洗練された突きをズラして左手で魔法を打ち込むが、グレイルと思惑が一致し、魔力の力比べに移り変わる。互いの魔法がぶつかり合った爆風で地面を滑り、少し空いた距離を詰めないまま魔法の撃ち合いが始まる。
「ストレルカ!」
「アーネラ・リオナ」
勢い良く弾き出された光の矢と相殺になったライオンが四散し、再び刃が擦れ合って火花を散らす。
「貴様だけは、道ずれに……」
「私は残虐で不要な殺しも掃討も命令はしない、だが、私との戦で息子が死んでしまったのなら申し訳なく思う。だから、この無意味な平和じゃない世界を終わらせる」
「……ならば、どんな風に、何を許したらあの日々を愛せると言うのだ!」
「それは……ごめん、今は分からない。だが、私は誓おう。ここから歩き出す、全ての魂に、神の祝福を。God Bless You」
「終わりじゃねぇぞ巫女、その言葉はまだはええよ」
グレイルの胸に突き立てたナイフに対して、まるで当てる気の無かった様な剣が顔の隣に伸び、カランと音を立てて地面に落ちる。
「何故当てなかった」
「決着は次の機会だ、じゃあな」
闇の中に消えたグレイルは1匹の蝶を空に羽ばたかせて、目の前から姿を消してしまう。
「クライネ、悪いが撤退の準備が整ったみたいだ。他の部隊はもう持たない、敵将を1人討てただけでも大きな武功に……」
「違うさセルマ、私は討ったのではない。何もかもを奪ってしまったんだ、どんな顔をしたら許して貰えるだろうか、どれだけの数を許して貰えたら、ここから消えられるだろうか。歩き続けていたのに、足がもう前に出ない」
「……撤退だ、ありがとうを言わない強さを身に付けるんだ。だからこそ、笑って泣いて行こう。奪ってしまった者達の為にも、生者にしか出来ないことをやっていけば良い」
零れそうになった涙を拭きながら、セルマが開いた闇の中に歩み、全軍が撤退した帝都に戻る。
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