選定と淘汰と花束を④
「この神域も閉じるから、先に上に行ってて」
「分かった、微妙にスッキリした。ありがとう、それとごめん」
「……もう、誰かの理想になりたいの? 誰かの真似をしてるなんて、そんなの貴女らしくないのよ。だから自分に自信を持って」
「分からない、分からないんだ。アイネと出逢った時の自分が、本当に無知で何も知らな過ぎて。戦争を無くすだなんて意気込んでて、迷惑掛けて国を追われて。何がやりたいんだか、全く分からないな」
いつの間にか私より小さくなっていた神王陛下に抱きしめられ、引き剥がそうとする前に離れ、胸に手を置かれて見詰められる。
「硬い……昔とは大違いね、でも筋肉は好きよ」
「……あのなぁ、強くなるのに胸なんかいらないだろ。強い人は皆筋肉で硬くなるんだ」
「でもジュンはふわふわよ、あんなに速く剣を振るえるのに……」
「未熟と言いたいなら回りくどく言わないでくれ、そんな事は自覚している。鍛錬に行く、陛下も早く上がって来るんだ」
ふわふわと笑った神王陛下は小さく手を振る姿を最後に瞳に焼き付け、空けた穴から再び城の廊下に出る。
そこにはいつも通りの凛とした表情のジュンが立っていて、白鞘の中に潜んでいた剣を抜き放ち、何の躊躇いもなく私に振り下ろす。
何をされても文句を言えない私は抵抗せずに走る刃に体を任せるが、甲高い音を鳴らした剣は私を通り抜けていった。
恐る恐る瞼を開いた私の顔を見てジュンが笑い、剣を鞘に収めて瞼を閉じる。
「これが今の気持ちだ、本当の別れの意味を知れ。ただ死んで会えなくなるならまだ良い、助言はこれだけだ」
「気持ちって、斬り殺すまでも無いってことか。そしてまた訳の分からない事を、死ぬ以上の悲しみがあるか?」
その問い掛けに応えず歩き出したジュンに、すれ違いざまに頭をぽんと叩かれ、そのまま光に溶けて消えていく。
ジュンが溶けていった射し込んでいる光を見続けていると、左の肩を誰かに叩かれる。
「おぉおおぉ……びっくり、どうかしたの? 甘えたくなった?」
「いや結構だ、それよりきちんと戻って来たんだな。一体いくつ神域を所有しているんだ」
「いっぱいだよいっぱい、神の中でも王だもん。だから神王なんだよ、偉いんだよ」
「その頭のネジが取れたみたいな話し方はどうかと思うが、やはり歳をとると頭が回らなくなるのか。それともそれが素なのか」
「な、なによ可愛げ無くなっちゃって。昔は私の作った生誕祝いケーキをそのまま食べてたのに、あの可愛さはど……」
「ヨルムさん」
呼び掛けると殆ど同時に姿を現したヨルムは神王陛下の姿を認めると、ニコリと笑ってふわりとお辞儀する。
2人で居た時とは正反対の王の顔に戻っていた神王陛下は、余裕を含んだ笑みで返す。
その間には無言の圧力と壁が生じてはいるが、お互いに何も言う事はせず、最後まで笑顔のまま別れる。
あの日からずっとこれが続いている2人は表には見せないが、絶対に仲が悪いと誰もが噂している。
それは見たらなんとなく分かるが、2人が本当に喧嘩をしている姿なんて見たことないし、神王陛下も側近の1人として指名するくらいだ。
ジュンのシュテルンと言う秘剣技を受けても、立っていた事が高く評価されているらしい。
神の加護を受けていると言う剣から放たれるその一撃は神王陛下曰く、星が堕ちて来たと見紛える程眩く、大きな威力を持っていると言っていた。
ドラゴンの丈夫さを改めて感じるその話を聞いた時は、僅か100の龍が100年の戦争を人間と続けたと言うのも頷ける。
「ヨルムさんはあの百年戦争を生き抜いたんだよな」
「ん〜? そうよ〜、トールちゃんと一緒の戦場を駆け抜けたわ〜。しぶとく何度も向かってくる人間を沢山殺して、昔の帝国に沢山のドラゴンが殺されたのよ〜」
「これからドラゴンとも衝突する可能性が高い、貴女に私の背中を任せたい。良いだろうか」
「い〜や~よ! 我儘言うと隣が良いもの、私を見てて。鮮血の中で踊る私を見て、だから隣に居ても良い?」
「いや傍にはナハトたちが居るしな、そう言えばあの3人が前以外は守っている。となるとヨルムさんは入る隙が無いな」
「ひっど〜い、前があるじゃない。切り開くから傍に居させてよ〜、ね〜え〜」
溜まった公務を片付ける為に執務室に足を向け、べったりと腕に張り付いてくるヨルムのせいで歩きにくいながらも、相手にしないように歩き続ける。
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