笑顔の女神⑤

2度目の衝突が終わり、砦を放棄して後退を始めた私たちを帝国軍は間髪入れずに攻め立てたが、予め張っていた罠に阻まれ、被害を出しながら勢いを削がれていく。

殿を名乗り出た貴族を全員押し退け、自ら最前線に立ち、ナハトとチェリーに挟まれて剣を振るう。


遊撃隊となって戦場を掻き乱すリュリュの働きもあり、打撃と言える打撃を受けず、順調に後退出来ていた。

金色の翼で戦場を踊り狂うナハトは、まだ加減している様な戦い方だが、だからと言って後れを取るどころか、以前よりも帝国兵を圧倒している。


「そろそろ私と交代だよナハト、翼と平行して騎士団を使うのは大変だ、無理はもうさせないよ」


「分かりました、ここで倒れて足でまといになりたくありませんから。私だってクライネ様のお役に立ちたいんです」


ナハトが作り出していた光の騎士が消え、翼をしまって私の周りの帝国兵を槍で落とす。

以前と変わっていないかと思う様な言動だが、大人しく引く辺りはこの短い間で少しだけ成長したところかもしれない。

翼を作り出したチェリーが飛び立つのと入れ替わりで、馬の背中に着地する。


剣を鞘に収めて槍を構え直したナハトは、ペースを落とさずに槍を振るい続け、他の兵士を助けながら戦場を駆け回る。

それに負けじとあまり戦力にならない私は、出来るだけ死なない程度に前に出て、周りの兵士を鼓舞する。


「ジャンヌさん、出ます!」


「わ、分かりました。しっかりと御守りします」


兵士を鼓舞するのが1番得意なジャンヌの隣に着け、パレス王国の旗を掲げながら槍を振るうジャンヌと並走しながら、真正面の帝国兵の壁を突破する。

殆どがジャンヌの炎で吹き飛び、私の前には火傷をした兵士が熱さに耐えかねて飛び出て来ただけだった。


「もっと前に出ます」


「これ以上は危険ですクライネさん」


「いえ、私は王として貢献しなければなりません。私の危険ひとつで1人でも多く生きて帰れるなら、それは侵すべき危険です」


「お背中は私が守りますクライネ様、続いてリュリュ」


近くで斧を振るっていたリュリュが遊撃を打ち切り、ナハトと共に私が進む先の露払いをする。


「ナハトさん、この決断は得策ではありません。鼓舞するにも限界があります」


「王は敵を打ち倒す為に最前線に出るのではないのです、1人でも多く帰還させる為です。なら、私たちが叶えられなければいけない願いを叶えずして、誰がクライネ様の御心を支えると言うのですか」


止まっている暇など無い私は馬を走らせ続け、自分を無理矢理納得させる様に、馬の頭を私の行き先に向ける。

倒れていたパレス騎士が持っていた旗を拾い、左手で掲げながらリュリュと合流する。


「ここを掻き乱したら私たちも敵に背を向けます、敵も近くなったら砦に備え、陣を立て直す筈です」


「クライネの言う通り、もう後方では始めてるよ。前線の兵が引くのも時間の問題だね」


「油断は禁物ですよリュリュ」


「分かってるよぉ、ナハトは心配性だなぁ」


「どこでそんな喋り方を覚えたのですか、もっときちんとした話し方を……」


「ナハトの昔の喋り方の方がどうかと思うけど……」


「そ、それは今関係無いです。昔は昔なんですから!」


声が大きくなると同時に雷を放出したナハトの周りの大地が焦げ、帝国兵が尻尾を巻いて逃げ出す程、その迫力は凄まじいものだった。

肩で息をしながら、荒れている心を落ち着ける様に槍を胸の前で掲げ、纏っていた雷を体から剥がしていく。


漸く落ち着いたナハトは、居心地が悪いと言う様な顔で私の顔色を伺う為、ちらちらと目線を向けてくる。

いつもの弱気なナハトに戻った様で、先程まで溢れ出ていた圧力は見る影も無い。


本格的に立て直しを図る為に引き始めた帝国兵を見送り、自分たちも最後の砦に向かい、憂鬱な気分で馬を駆る。

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