聖断③
暗くなった森で一人陣営を離れ、木の幹に背を預けて座っていると、銀色の猫が足下で体を擦り付けてくる。
こんな所で見る珍しさに猫を抱き上げてみると、可愛くにゃーと鳴いてくれる。
「何処からこんな所に来たのですか?」
「にゃー」
「そうなんですか、鬼が沢山居る倭国ですか。申し訳ないですが聞いた事が無いです」
「何をなさっているのですか?」
もたれていた木の後ろからスっと顔を出したエルは、独り言を笑顔で呟くクライネの隣に立っていた。
抜いた剣を猫に向けたエルは、左手に炎を出して構える。
「エルさん何をするんですか!」
「化け猫です、すぐにお離し下さい。魔力が漏れ出ております」
「嫌です、こんなに可愛いんですから。化け猫なはずないです」
「ですが危険な存在です、殺しは致しません」
剣を下ろしたエルの言う通りに猫を離すと、徐々に体が大きくなって人の形になる。
唖然として耳の生えた獣人を見ていると、炎を大きくしたエルが左手を獣人に近付ける。
「やめろって、炎が嫌いなのは分かってんだろ」
素早く飛び退いた獣人は少し焦げた髭を気にして、しょげた顔をして黒くなった髭を触って確かめる。
「陛下! 帝国陣営が何者かによって奇襲されております、雷を使う者が次々と大地を焼き払い……」
「様子を見に行きます、本隊は絶対に動かさないで下さい。私と側近の5人だけで見てきます」
「私も御一緒致しますクライネ様」
「大丈夫ですエルさん、エルさんは本隊を頼みます」
「Yes My Fair Lady」
「猫さんも来てください」
「俺もかよ」
獣人の手を引っ張って帝国陣営まで走り、帝国陣営の異変を察知していたであろう側近の三人と、ヨルムとジャンヌが馬に跨っていた。
その隣には確りと馬も用意されており、獣人をヨルムに引き渡して馬に飛び乗る。
「様子だけを見に行きます、出来る限り戦闘は避けて下さい。敵は何人か分かりませんので細心の注意を」
走り出した馬に揺られながら遠くの雷を視認して、あれ程の魔法を巧みに使えるのは、心当たりのある一人だけに絞られる。
より一層気を引き締めて馬の速度を上げ、アイネのナイフを左手で握り締める。
魔法に巻き込まれない様に少し離れた所で馬を止めると、空から落ちてくる雷の発生源が二つに増える。
「ナイフがまた光って……」
「陛下!」
クライネは手の中で光るアイネのナイフに気を取られていると、ジャンヌに抱き抱えられて馬の上から落ちる。
雷が先程まで座っていた所に走り、馬を塵芥にして地を走る。
地面を伝って流れた電気がナイフに集まり、全て吸い込んでしまう。
「ありがとうございますジャンヌさん」
「次がまた来ます、ここを離れましょう」
「アイネさんの可能性があるなら……」
「アイネさんはもう敵なんです、敵将と会う事は一国の主として最も許されません」
クライネは自分の両肩に手を置くジャンヌの目を見ていると、遥か遠くで大きな地鳴りがする。
それは大きな物が地面に着地するようにも聞こえたが、雷が落ちただけの音にも聞こえた。
まるで天と地が繋がったかの様な太い光が伸び、地を揺らして空の雲を吹き飛ばす。
だが木や植物に傷は付かず、皇帝自ら率いていた本隊の先鋒が殆ど消滅する。
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