ラウンダーズ2の続報、お待ちしております

 あれからちょうどブラインド一周と一ハンド後――

 Tテン♥T♦6♦。コミュニティーカードが三枚並んでいる。

 まず、ヘイリーさんがスモールブラインドからコンプリート(この場合、SBスモールブラインドからBBビッグブラインドにコールすること)した。ビッグブラインドの剣崎さんはそれを拒否するようにブラインドの三倍のレイズ。それをコールし、二人のヘッズアップとなったのだった。

 ヘイリーさんがフロップでチェックを宣言すると、剣崎さんはアクションを決めかねている様子でじーっと彼女を見つめた。剣崎さんもまた、牡丹のように表情からハンドを探ろうとしているようだ。


「ふふ。そんなみられると、てれちゃうわ」


 ヘイリーさんがやわらかな笑みを浮かべて言った。落ち着きを払った態度は一貫したもので、勝負を始める前と今とでなんら変わりがないようにみえる。知り合って間もないが、おそらく、彼女は普段もこんな人柄なのではないだろうか、そう思った。

 さて、彼女の表情からハンドの強さに関する情報をなにか読み取れるだろうか? ポーカーフェイスという言葉があるように、ポーカーでは発言や挙動からハンドの強さを読まれないようにプレイヤーたちは細心の注意を払う――が、私は相手のテルからその人が持っているハンドの強さがわかる、というような考えには疑問を持っていた。私自身は、万が一にそなえて、なるべく勝負の時はポーカーフェイスを貫こうとしているが、一方で自分が相手のハンドを推測するうえで、その人の表情やしぐさを参考することはない。

 その理由は、テルを見抜くことの困難さだ。ヘイリーさんについていえば、彼女の笑うしぐさがハンドの強さに結び付いたものなのかは今のところまだわからない。そうなのかもしれないし、たんに偶然、今回なら本当にただの照れ笑いなのかもしれない。結論を得るためには、何度かこのようなシチュエーションに出くわす必要があるだろうが、十中八九、期待の結果は得られないだろう。

 なぜなら、まさに私がポーカーフェイスであろうとするように、ほかのプレイヤーだって、テルを人にそうやすやすと見せたりしないからだ。むしろ一目でわかるようなあからさまなテルは、こちらを罠にかけようとしている可能性さえある。

 したがって、本物のテルと呼べるものがあるなら、本人が気づいていないようなもっと微妙なものになるだろう――おそらく、見抜くのに人並外れた観察眼が求められるような……。

 結局、ダン・ハリントンがいうようにテルのリーディングというのは苦労の割には実りが少ないのだ。ポーカーは深いゲームで、勝負中に考えなければいけないことが他にたくさんあるのだから、扱いが難しいテルのリーディングは、私の採用する戦略の中にはない。


「ベットします」


 長い沈黙がついに破られた。赤いチップが二枚、前に出される。$20のミニマムベット――あっ!

 そのチップの上にもう一枚のチップがゆっくりと重ねられた。「フフフ……。どれだけ積み上げたらその余裕が崩れるか確かめてあげますよ、ヘイリー」。剣崎さんが愉快そうに言ったが、これはいけなかった。


「剣崎さん、それは<ストリングベット>って言って反則なんだ。チップはあらかじめ額を申告した場合じゃなければ、一回で出さないといけないんだよ」


 私が指摘すると剣崎さんが「エッ?」と鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこっちを見た。表情がだんだん不満げなものに変わり「菱沼さん、『ラウンダーズ』という映画を知ってますか……?」とたずねられる。そこに「あ! その映画ならわたし知ってる!」と牡丹が割ってはいった。


「もうかれこれ十七回はたまちゃんと一緒に観てるよ! わたしもたまちゃんもその映画が大好きでいっつも観ちゃうんだ! ね、たまちゃん?」


「ああ、そうだな。でも正直そろそろ別の映画を――」


「なるほどわかりました。それなら、作中でテディKGBがこれをやってたこともご存じなはずでは?」


「それは確かにそうなんだけど……」


 説明あぐねいている私に、ヘイリーさんと牡丹が助け舟を出してくれた。


「クルミ、それたしかにルールいはんよー」


「ラウンダーズは名作だけど、こればっかりはねー」


 剣崎さんはしぶしぶという態度だったが、「むむ……、わかりました」と了承した。


「さて、この場合、最初に出した$20がベット額になるかな」


「わたしは、かえても、いいですが」


「そういうことなら……どうする? 剣崎さん」


「では遠慮なく。えっと、$120が出てるから……$100ベットします」


 既に出されたチップに追加で合わせて$100になるようにチップが置かれる。ポット近いベットサイズであり、ヘイリーさんはハンドによってはフォールドすることもありえそうだ。


「うーん……アイ、コール」


 だが、どうやら彼女はまだハンドをあきらめるつもりはないらしい。

 私はチップをひとまとめにすると、その下に新しいバーンカードを差し込み、ターンを開けた――8♣。

「アイ、チェック」とヘイリーさん。

「私も、チェックです」剣崎さんが後に続く。

 リバーカードは――7♠だった。


$100ワンハンドレッド


 静のターンから動のリバーへと変化を告げるようにヘイリーさんが水色の$50チップを二枚出した――さっき剣崎さんが出したのと同じ$100。しかし、今度は$320のポットに対しての$100だから、相対的にはさっきよりも小さなベットになっている。

 さて、リバーで7が落ちたことで、ボードにはいま、T♥T♦6♦8♣7♠のカードが出ている。つまり、どちらかが9のカードを持ってるならハンドがストレートになる状態なのだ。この状況でのヘイリーさんのベットが意味する可能性は大きくふたつ――ストレート以上のハンドを持っていて相手からチップを引き出そうとするバリューベットか、それとも、剣崎さんの弱いハンドを降ろそうとしてのブラフベットか。他の可能性もあるかもしれないが、おおむね、ヘイリーさんの手はナッツ級のハンドと完全なブラフに両極化ポラライズされていると考えられそうだ。

 ベット額の低さは、この状況で大きなベットを打てば相手はほとんど降りてしまうと考えて、小さい確実な利益を求めてるようにみえる。一方で、失敗しても軽傷で済む額で、成功すればリターンの大きいブラフを試している可能性もあるだろう。

 剣崎さんの視点では、この低いベット額は彼女のブラフキャッチのコールを正当化しているかもしれない。このボード、ついストレートを警戒してしまうが、確率的にはヘイリーさんがここでストレートを持っている可能性はそれほど高くない。彼女は今のところ消極的パッシブな動きを見せているので、こういう場面でブラフをするタイプのプレイヤーなのかはまだわからないが、それでもブラフでベットしている可能性を考えてツーペア――ボードですでにワンペアできているので完成しやすい――以上のハンドがあればコールしてよいだろう。

 剣崎さんは考えた末に、チップを掴んだ。コールか? いや――


「レイズします」


 彼女の手から離れたチップの色は$200を示す緑――それが二枚で$400のレイズメイクだった。

 レイズ! 強いハンドを持っていると言いたそうなベットだ。実際に持っているのだろうか? ストレートか――あるいはそれ以上。

 たとえば剣崎さんは77を持っていてフルハウスを完成させたのかもしれない。これまでの一連のアクションの流れ――プレイライン――に対して、その可能性はありうる。プリフロップの状況で77はレイズできるハンドだし、フロップでのベットは自分よりも弱いいくつかのハンドからバリューを取れるだろう。ターンのチェックも、8という嫌なカードが落ちてしまったというのもあるし、もともと三連続ベットトリプルバレルが打てるほどの強さのハンドではない。そしてリバーでフルハウスを完成させてのバリューレイズ――彼女が初心者であることを考慮にいれずとも、この想像は合理的なプレイの範疇はんちゅうからまったく逸脱していないように思える。

 それとも、ブラフ? 剣崎さんはヘイリーさんのベットを弱いハンドでのブラフと判断したのかもしれない。しかし自身もまた、弱いハンドしか持っていなくて、ポットを得るためにやむなくブラフを被せた。こうなるとお互い難しい状況だ。レイズするたびに、ポットに投入されるチップはさらに大きくなりリスクも増える。お互いが相手をブラフだと読んでのレイズ合戦というのはオールインという崖っぷちまで走るチキンレースのようなものだ。自分の読みを信じきれなくなってあきらめた方が負ける。

 長考するヘイリーさんの表情にも、苦悩が伺える。眉を八の字にさせてテーブルを見つめるその視線の先はカードから外れた何もないような場所にある。目を開けていながらどこも見ていない、自身の思考の内側だけをただ見つめている人間の視線だった。


「オーケー……アイ、コール」


「コールですか……菱沼さん、この場合はどうすればいいんですか?」


「ん? ああ。えーと……」


 勝負に夢中になっていて気が抜けていたようだ。そういえば剣崎さんはまだ、ショーダウンの流れすら知らないのだった。


「これでショーダウンだ。お互いにハンドを見せ合って手の強さで決着をつける。見せるのは最後にベットやレイズした方だから、剣崎さんから」


 私の言葉を聞いて、剣崎さんがカードを表に返す。Q♦J♦がオープンされた。


「私の負けのようですね」


 ブラフだった。フロップの段階でフラッシュドローとツーオーバーカードを持っていたが、結局どちらも引けずじまい。ヘイリーさんをブラフと読んでレイズで返したが、残念ながら読みは外れて、コールされてしまったようだ。

 ヘイリーさんもカードを表にした。A♣5♣だった。

 ――A♣5♣?


「ふぅ……なんとか、かてました」


 ヘイリーさんが胸をなでおろす。

 彼女は、なにもヒットしてないAハイでコールしていた――いや、ボードにペアがあるからワンペアか……。


「おお、ナイスコール! ヒーローコールだねー」


 牡丹が無邪気に称賛した。勝ち目の薄いハンドでコールすることを<ヒーローコール>と呼ぶ。そう、彼女のコールはヒーローコールだった。

 ヘイリーさんは剣崎さんが強いハンドを持っていないと判断した。だから剣崎さんのレイズに弱いA♣5♣というハンドでコールした――いや、ちがう。それだったらなぜリバーで先にベットした? ヘイリーさんのリバーベットは間違いなく剣崎さんをフォールドさせるためのブラフだった。剣崎さんはそのブラフを読んで、だからブラフを被せた。そしてヘイリーさんも剣崎さんのブラフを読んでコール――駄目だ。どうもつじつまが合わない。

 ひとつ言えるのは、結果として彼女は誰にもまねできないような方法で、もっとも上手くこのポットを制したということだ。

 ディーラーの務めとして、私がポットを集めて勝者であるヘイリーさんの方へとチップをやると、「はぁ、上手く行きませんね。いまのプレイって駄目でしたか?」と剣崎さんが椅子にもたれてこぼした。


「いや、そんなことないよ! ポーカーって他のゲームよりも正解がわかりにくいけど、駄目ってことはないと思う。わたしはくるみちゃんのプレイ好きだよ~」


「うん、牡丹の言う通りだ。正直、初心者とは思えないくらい、いいプレイをしていたと思う。でも今回はヘイリーさんが一枚上手だったね」


「ヘイリーちゃんも良かった! このコールはそうそう真似できるものじゃないよ。本当にいいゲームだった!」


 そうだと思った。牡丹と二人で一緒にポーカーができる子を探し始めたときは、まさかこんなゲームが観れるとは思わなかった。

 いままでは、牡丹と二人だけでやるポーカーも悪くないと思ってた。他の人とポーカーをやることはもうあきらめていた――だけど。

 ――もっとこの二人とポーカーをしたい、そう思った。

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