第29話 おまえは当分、禁酒なのです
百目鬼さんがゆっくりと薙刀を横に振るう。炉の光を赤く反射し無駄のない所作は巫女舞を彷彿させる。刀身は光を目映く反射し、残光が幻想的にまぶたに残る。
「東雲!」
唐突にランドちゃんに突き飛ばされた。
ピッ
右の頬に違和感。手をやるとべっとりと真っ赤な血糊がついていた。
破裂音。
僕は音が下方向の背後に振り返る。
直径百メートルはあるドーム状の広場。中心の百目鬼さんから五十メートルはあろう距離の壁に大きな一線のえぐれた傷跡が出来ていた。突き飛ばされていなければ死んでいたことを僕は理解した……
目線でランドちゃんを探す。居た。僕から見て百目鬼さんの反対側の壁面にへばりついている。あの一瞬であそこまで飛んでいたのだ。
「姫鶴神技は空を切ると聞きました。てっきり空気の空と思っていましたが、空間の空と思っていた方が良さそうですね」
「萌月様にも一本、献上いたしましょうか?」
「お前をぶちのめした後にそうさせてもらうのです!」
ランドちゃんは部屋の中心部に居る百目鬼さんに向かって跳躍する。向かって百目鬼さんは薙刀を縦横無尽に振りかざした。刀身が残す残光は美しく結果は残虐だった。破裂音とともにホールの壁を剣筋の延長線上をずたずたに切り刻み続ける。ランドちゃんがそれらを見切り百目鬼さんに近づいていく。黒いドレスを着た死に神が百目鬼さんの魂を刈り取るがごとく。
百目鬼さんは左手を手を差し入れた。
僕は息をのむ。巨大な金属で出来た円柱物。映画で見たことがある。
「ガトリング砲?」
「いえ、バルカンですわ。東雲様」
砲身から銃弾が射出される。接近していたランド一掃すべく。薙刀とバルカン砲に総攻撃をまともに食らったように見えたランドちゃんは完全に僕の視界から消え去った……
百目鬼さんは不機嫌そうに上を見上げる。ドームの広場の天井にランドちゃんは張り付いていた。あの角度ならバルカンは砲身を向けられないだろう。
急転直下。
全身をバネにしたランドちゃんは百目鬼さんに向かって急降下攻撃を仕掛けた。
突如、百目鬼さんの足場の周囲からいくつもの光がほとばしる。
百目鬼さんは左手をランドちゃんの居る情報に掲げあげた。
「払え」
百目鬼さんの命令とともに足場のいくつもの光から、雷のような怒号をとどろき響く。いくつもの光の奔流が百目鬼さんの上方にむかって放たれた。
それは天井を焼き尽くし破壊の限りを尽くす。岩盤が崩れ落ち落石の雨がホールを満たす。SIMブーストを限界状態にして地面を転がりまくり僕はそれを躱すのがやっとだ。百目鬼さんの頭上の落石は足場から発射された光が破壊する。
落石が終わるまでしばらくの時間がかかる。パラパラと小さな石が転げ落ちるぐらいの静寂が訪れるまでにさらに時間を要した。僕の心臓は限界まで脈打っていた。
「ドレスが焦げ付いたのです」
離れたところにランドちゃんが居た!
僕は安堵する。あの状況で流石に生きていることが信じらないい。
「なるほど、やっかいですね。その場所は百目鬼、お前にとっての要塞なわけですね」
「せっかくのレーザー兵器でしたのに、空中でお躱しになるとは風情がありませんわ」
ランドちゃんがぽきぱきと指先を鳴らす。相当怒っている。百目鬼さんもこの結果に満足しておらず不満げな表情だ。右手で酒瓶を持ち直に飲み干す。顔を少し赤らめて満足げに色っぽい吐息を吐き出した。気分を落ち着かせたのだろう。
ふいに僕の体が重力を感じなくなる。
え?
背後を見ると木森が居た。
車いすに座ったまま僕の襟首をつかみ上げ……僕を百目鬼さんの方に放り投げていた。
空中に放り出された僕は百目鬼さんと視線が合う。表情一つ変えずに姫鶴神技でゆっくりと空を撫でた。
「東雲!」
体に衝撃。
ランドちゃんに突き飛ばされたのだ。
地面を転がりながら視界が転々とする。
ゴツン
地面にランドちゃんの頭が落下。
僕は地面に這いつくばったままそれを見ていた。
胴体と首が別れた萌月ランド。
支えを失った首がごろりと地面を転々と回転し停止する。
頭が真っ白になって呼吸が出来なくなって体に震えが来て……声にならない声でランドちゃんの名前を叫ぶ。返事が帰ってくるはずもない。ゴスロリ装飾のランドセルを背負った胴体と首。その光景を脳が理解を拒絶しようとするが、残酷な現実が僕を絶望の底に叩き落す。
「意外とあっけなかったですわね」
百目鬼さんの残酷なまでに澄んだ声がホールに響く。
木森がその様子を見て拍手した。
僕は。
僕は。
百目鬼さんに向かって走り出していた。
何故だろう?
勝てるはずなんてない。
今さっき助けられたばかりじゃないか。
それなのにすぐ死のうとするのか?
自分の中の冷静な自分。それが現在の行動を批判する。
それでも僕は突き動かされていた。
全身の毛細血管から血があふれ眼球が真っ赤に染まりSIMブーストを今の限界まで引き上げ時間を圧縮し百目鬼さんに突進していた。
動きだけはよく見える。
百目鬼さんはバルカンをこちらに向ける。
銃弾の雨が僕に向かって注がれた。
一発目は頬をかすめ二発目は無意識に手にした短刀ではじき三発目は頭髪をかすめ四発目は……
ふいに視界が爆発したような閃光で覆われた。
「東雲君! 馬鹿者!」
衣良羅義さんの声?
衣良羅義さんに横から飛びつかれ、僕はまたもや地面に転がっていた。同じく衣良羅義さんも僕と一緒に地面を転がりごつごつとしたホールの地面に不細工にも着地する。片手には特殊なカットがされたワイングラスがゲームの時のような光を放っている。ちょうど僕たちは百目鬼さんから岩陰に隠れる形になっていた。そこまで考えていて衣良羅義さんは行動に移していたのだろう。
「馬鹿者! 一分間に一万発を射出するバルカンに正面から行く奴があるか! 最初の数発を躱しただけでも奇跡だぞ?」
奇跡?
なんだそれ。神様か?
僕はもう一度、百目鬼さんに向かうべく立ち上がった。強引に衣良羅義さんに羽交い絞めされる
「離せえええええええええええええええええ!」
僕は馬鹿だ。知っている。でも止められるものか。渾身の力を込めて衣良羅義さんを振り切り岩陰から出ようとする。
「馬鹿者! ええい! 仕方ない! SIMシステム強制介入!」
「ガッ?」
僕はバランス感覚を失い全身から指先一本まで力が抜け立っていられなくなり地面にぶっ倒れた。脳は全力で動けと指令を出している。が、指一つ動かせなくなっていた。
「すまないね。しばらくまともに動けんぞ。自殺するよりかはましだろう?」
「衣良羅義さん……お願いです」
僕は何とか声帯を動かし擦れるような声でお願いするが、衣良羅義さんは首を横に振るだけだ。
「衣良羅義様もいらっしゃったのですね。お目にかかれないから寂しかったですわ」
「そうかね! とりあえず再開を祝して乾杯でもするかね? 百目鬼君は赤か白どちらがお好みかね?」
「どちらかといえば芋焼酎を飲みたいところですわ」
銃撃音が響く。岩陰に隠れている僕らを岩ごと破壊するつもりだ。バルカンによってみるみる岩は削れ僕たちの身は敵の眼前にさらされ始める。
「百目鬼様」
木森の声だ。いったん銃撃が止む。
木森は視線をランドちゃんの遺体に目を向けまた百目鬼さんを見る。怪訝そうな表情を木森は百目鬼さんに見せた。
ドゴン!
地響きがホール全体に響く。
ドゴン!
もう一度。
ホールの頂上の一部が崩れる。
そのとんでもない光景に僕は唖然とする。
なんとそこから地雷進をライダーキックで蹴り飛ばす状態で天継さんが降ってきたのだ。
「ていやー! かしら!」
そのまま広大なホールの高さから地雷進が地面に蹴り落される。天継さんは着地際に一回転して優雅に地面に降りる。
「ぜーはー ぜーはー……流石に手ごわかったかしら……地面がいきなり崩れ落ちたのはさすがにびっくりしたかしら。あら? 東雲君? 衣良羅義? 百目鬼ちゃん?」
天継さんには珍しくキョトンとした表情で僕らを見渡す。
百目鬼さんもさすがにこれには驚いたようで、この場で見たこともないような鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。
「百目鬼様!」
木森の声が響く。必死で何かを伝えようとしているようだった。
(やってくれたのです)
……え?
ランドちゃんの声?
(こんな状態にまでされたのは二年前、横綱天雷を相手にして以来の事なのですよ)
実際の声じゃない! SIMシステムを介してランドちゃんの意思が声に変換されて聞こえているのだ。僕はとっさにランドちゃんの遺体を見る。声にならない悲鳴というのを僕は初めてあげた。
首がない少女。
ゴスロリでランドセルを背負っていて、その上についているべきものがない。そんな状態のランドちゃんが仁王立ちしていたのだ。理解が全く追いつかない。そもそも理解できそうにない。B級ホラー映画の世界に迷い込んだような錯覚さえ覚えた。
(SIMシステムの調整に少々手間取りました。血もだいぶ失ったことですしあまり長い時間はかけられないのです。本気でいきますよ? 百目鬼)
百目鬼さんの顔色が変わる。先ほどまで化け物的な強さを振りまいていた彼女が明らかに動揺していた。
ランドちゃんは両手を地面に下ろす。オリンピックで見た百メートル走の走者のようなあからさまな突進体形を取る。
百目鬼さんは両手を足場の金属片に手を差し伸べ巨大な砲身を取り出した。どれだけの武器を用意しているのか。冷徹な表情を取り戻し砲身をランドちゃんの方へ向ける
「サーマルガン」
巨大な弾頭が音速を超えてランドちゃんに向かい放たれる。同時にランドちゃんも加速。弾頭を難なくかわし百目鬼さんの方へ突進する。
「レールガン」
立て続けに百目鬼さんは武器を取り出した。あとから僕は知った。それがマッハ五を超える弾頭を打ち出す兵器であることを。
(少女の肉塊弾)
物騒な言葉がランドちゃんから放たれる。ランドちゃんは完全に僕の視界から消える速度まで加速した。ランドちゃんの質量でその速度はすでにランドちゃん自身が一つの凶悪なまでの兵器と化していた。巨大なエネルギーを持つ二つがホールのど真ん中で激突する。音という音が爆音でかき消されて聴覚を奪われる。ホール全体に衝撃波が伝わり、鉄くずと落石と粉塵で吹き荒れた。
身動き一つ出来ない僕はこの世の終わりのようなその光景が静まるまでどこか他人事のように見つづけていた。
嵐が静まる。
ホールの中央。百目鬼さんの要塞は跡形もなく、首を失ったランドちゃんがぐったりとした百目鬼さんを片手で担いでいた。
ホールの頂上にあいた大穴から光が粉塵を反射しながらランドちゃんをつつみその姿を祝福しているようだ。
(百目鬼。おまえがSIMシステムに忘れられた人々なら、私はSIMシステムに見捨てられた人々なのです)
ピクリと百目鬼さんが動いたような気がした。
(この萌月ランド。生まれる前からすべての内臓が体の外にありました。重要器官はすべて背中のランドセルの中なのですよ)
百目鬼さんがゆっくりと薄ら目を開ける。
「……あれ? 東雲様、天継様、衣良羅義様も皆様集まられてどうされました?」
どうやら自分を支えているランドちゃんには気づいていないようだ。
ランドちゃんは頭を掻く仕草をして、そこに首がないことに気づきばつが悪そうに手を振った。
(百目鬼。おまえは当分、禁酒なのです)
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