第21話 第四次世界大戦の残り火

 木造の校舎。一階の廊下を進んで行く。科学部の第四次世界大戦の武器ブース、美術部の西暦二千年の漫画ブース、インド部(インド部ってなんだ?)のカレーの歴史ブースなど多種多様にわたっている。まばらだが人が入っているようだ。そのまま進むと二階に上がる階段。カタログを見ると二階に相撲のブースがあるからランドちゃんはこの上だろ。僕は上がろうとした。

 ……?

 視線を感じた。

 階段の前には旧校舎の大きな入り口があるのだが、正門の場所が昔に変わってから殆ど使われなくなったらしい。入り口は雑草と木々がまばらに生え、自然に帰りかけの廃墟といった感じがする。その中心にいた。

 車いすに座り、黄色を基調に特徴的な紋様の入った麻薄地に鳥帽子。すぐに思い出した。相撲の行司という審判の役をしている人の格好だ。目を奪われたのはどことなく中性的な端正な顔立ち。SIMシステムで性別を確認するまでは男と解らなかった。そして、足が膝から無いことに一瞬ぎょっとする。


「こんにちは」


 男性は挨拶をしてきた。声まで中性的で、女性と間違える人のほうが多いだろう。僕は軽く会釈を返す。SIMシステムで男性の情報を収集しようとしたがほとんどがプロテクトされていた。国からプロテクトされているか自分でプロテクトしたのか、どちらにしろかなりの重要人物であることを僕は衣良羅義さんから聞いている。なんだろう? 行司の格好はコスプレなのだろうか? 僕の周りにも変な人たちはいるが、この人からは少し危険を感じた。あまりこの場にいないほうがいいと判断した僕は、そのまま階段を上がろうとした。


木森きもり 源水げんすい。どうしてこんなところにいるのです?」


 背後からランドちゃんの声。僕の背中越しに声をかけたのだ。淡々とした物言いだが、どことなくランドちゃんにしては感情が、それも嫌悪した感情がこ込められていた気がした。


「萌月さん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 木森という男はどことなく挑発的な笑みをしランドちゃんに語り返す。


「お前が奇遇? ふざけるなです」


 今度は敵意を隠さずランドちゃんが吐き捨てるように言う。二人が醸し出す緊張感に少し鳥肌が立った。


「行くのですよ」


 ランドちゃんは僕の手を引っ張って引きずるようにこの場から離れる。憮然とした表情を次のブースに付くまで変えることをなく……


「ランドちゃん知り合い?」 


 むすっとした顔をしたままランドちゃんはずんずんと廊下を進んでいく。階段をミシミシと言わせながらどんどんと進む。階段の踊り場で振り返り。


「やな奴なのですよ」


 一言そう言ったきりまた進み始める。予定していたブースについた。


「ははははは! よく来たね! 東雲君! ランド君! これが我がブース! スズキのバイク展だ!」


 教室に入るやいなや衣良羅義さんが出迎えてくれた。教室中にバイクが陳列している。それも地面だけでは無く宙にも!? 眼前全てがバイクだらけになっている!


「東雲君もそろそろ慣れてきたかな? 直接SIMシステムを介して脳内に投影している。本当は実物を並べたかったのだが、世界中からオークションなどを利用したりありとあらゆる手段を講じてもさすがに一ヶ月では百二十台やそこらが限界だったよ…… 途中であきらめて3Dデータに直して展示したというわけさ! あ、集めたバイクは後で東雲君にじっくりとご覧に入れよう! とりあえずこのバイクの説明を……」


 話の途中でピシャリと扉をランドちゃんは閉める。しらけた目をしたランドちゃんに手を引っ張られブースを出ることになった。次は天継さんのブースだ。旧校舎を出てコスプレ通りを抜け新校舎に向かう。


「次は天継姉様のところですよ。楽しみです」


 ランドちゃんがわずかに微笑む。ちょっと機嫌が直ってきたみたいだ。陽光が白を基調としたランドちゃんのドレスのようなゴスロリの服をまぶしく反射させる。それだけならお姫様かいいとこのご令嬢と間違われるレベルだろう、赤い大きなランドセルを背負ってなければ。僕は未だに大きなランドセルを何時も背負っていることについて聞きそびれていた。途中で声をかけられる。みんなランドちゃんが何かのコスプレをしていると思っていた。残念なことに僕の変なドレスアップに対しても怪訝な顔をして「何のコスプレですか?」と聞いてくる人もいた。慣れているので泣かない。

 新校舎につき二階に上がる。天継さんのブースの前は静かで、人通りが少ない。ランドちゃんが率先して扉を開けた。目の前には、本本本本本……いたるところに本が飾られ積み重なれていた。その真ん中に、木の椅子で静かに本を読んでいる天継さん。こうしてみるだけなら本が好きで物静かなお嬢様学校の生徒のようである。


「東雲君。ランドちゃんいらっしゃいかしら~」


 天継さんはこちらを見てニコリとほほ笑む。ランドちゃんがテテテという効果音が聞こえそうな足取りで駆け寄る。


「天継姉さま! 遅くなってすいません!」

「ゆっくりしていってね~ ランドちゃん。お茶でも入れるかしら?」


 僕は周りを見渡した。ちょっと古びていて何となく高そうな本がずらりと並べられている。


「天継さん。これ、見てもいいんですか?」

「もちろんよ~ 東雲君。気軽に読んでいってね~」

「……でも、これ、何か学術的な価値があるというか、高いんじゃないでしょうか?」

「近年は紙の本は珍しいかしら~? ひょっとしたら車が買えるぐらいの価値のものもあるかもしれないけど気にすることないかしら」

「東雲? 天継姉さまが世界を渡り歩いて収集した本なのですよ? かすり傷一つでボンなのです」


 いったい何がどうボンされるのだろうか。僕はそれを聞いておいそれと触れられなくなってしまった。とりあえず表紙のタイトルだけを見渡していくことにする。難しいタイトルが並んでいていくつか手を取ってみた物の内容がわからずぺらぺらめくっては元に戻す。

 ……?

 ふと気になるタイトルが目に入った。【二千二百二十八年 関西都市部クーデーター事件】ちょうど二年前だ。パラパラめくると【第四次世界大戦の残り火】という単語が目に入る。日本に集まった多国籍軍という天継さんの説明を思い出す。本を軽く読んだだけでもかなり大規模な戦いだったみたいだ。当時の国防軍の陸軍三十%の三万人。空軍の二十%の一万人が参戦している。【第四次世界大戦の残り火】の戦力自体は千人のも満たない。圧倒的な戦力差にに見えたが、読み進んでみると驚愕した。国防軍の投入した戦力の三割が戦死している……。なんだこれ、めちゃくちゃじゃないか……。物量での制圧をあきらめざる得なかった国防軍が少数精鋭の部隊を派遣して鎮圧したと書いてある。名前は書かれてないがそこにランドちゃんがいたのだろうか。


「え?」


 思わず声が出た【木森きもり 源水げんすい】さっき出会った、車いすに座っていた人物の名がそこに書かれていた。鎮圧した少数精鋭部隊のメンバーの一員として参加していた。国防軍の一員で精鋭部隊の中では一番階級が上だ。僕はしばらく固まってしまった。そんな偉い人がなんでこんな学校の文化祭に? 考えてもわかるはずが無いが、どことなく不気味さを感じてしまった。


「東雲! そろそろ時間です! いくのですよ?」


 ランドちゃんから声がかかって僕は本を元に戻す。


「そろそろ時間ね。がんばるかしら~」


 ん?

 何の時間だろう?


 以前、百目鬼さんを連れてきて命からがらの戦いを行った喫茶店。九月の陽光を浴びて店内に気持ちのいい日差しが入ってくる。木で作られたテーブルに椅子。落ち着いた色のカウンター。僕はこの喫茶店が気に入っていた。あれから僕は時々こっそりとここに通い、一人の時間を過ごすのが密かなお気に入りだったのだ。


「マスター! キープしているワインを持ってきてくれ!」

「私、ビール!」

「日本酒かしら」

「カクテルです」

「焼酎を」


 過去形で言わないといけない状況に僕は悲しみを覚える。テーブルに付くややいなや、僕以外のメンバーは矢継ぎ早に注文する。陽光に暖められほのかに香る木々の匂いとコーヒー臭は瞬く間にアルコール臭で吹き飛ばされる。


「あのー コーヒー。オリジナルブレンドでお願いします」


 最後に僕が注文すると、マスターと視線が合う。僕をじっと見ていて涙ぐんでいた。その視線からはかろうじて喫茶店の名目を保ってくれた僕に対する感謝を感じる。僕は罪悪感で涙ぐんだ視線を返す。いや……本当にすいません。僕が数日前知り合いに見つからなければこんなことに……。


「いよいよだな準備はいいかね? 諸君」

「あはは~ もちろん! LV上げも新スキルの練習も完璧に終わらせてきたわよ!」

「準備なんてするほどの物でもないのです」

「みなさま頑張ってくださいね」


 ?

 なんの準備だろう。記憶をたどってもそれらしき物は見つからない。僕は聞いてみた。


「ん? 言ってなかったかね? 昼の休憩後、我が校、恒例のDOOMOマスター決定戦が開催されるのだよ。DOOMOは君も何度か過去にプレイしたあのゲームだ。もちろんエントリーしておいたから安心しておきたまえ!」


 そんな心配はしていません! と突っ込むまもなく話は進んでいく。


「赤色君。現在のパラメーターを教えてくれたまえ」


 赤色さんは手のひらを広げ、五本の指を強調させる。


「基礎レベル五千よ! 昨日ようやく到達した! 武道家のサブレベルは三千五百七十六! 二ヶ月前搭載された新スキルの熟練度もMAXよ! あ~さすがに苦行だったわ~」


 ご、ご、五千!?

 衣良羅義さんが天継さんの方を向く。


「私は四千超えたあたりかしら~ ガンマンのサブレベルも同じぐらい。ちょっとサボり気味だったかしら~」

「基礎レベル千五百でほったらかしなのです」


 ……僕は自分のレベルを思い出す。ちょっとやっては色んなマップを散策しただけで気軽な旅行気分を味わえていたので、それで満足していたので気にもしていない。SIMシステムを起動して確認する。僕はおずおずと手を上げて発言する。


「あの、僕、LV五なんですが」


 全員が一斉にこちらを向く。


「なんだと!? おいおい東雲君! いくら何でも低すぎだ! 戦士たる者いかなる時も準備を怠ってはいかんぞ」


 僕は一般人です。


「ちょっと困ったかしら~ LV差がありすぎて衝撃のフィードバックがかなり大きくなるかしら」


 スライムに突き飛ばされた事を思い出して寒気がした。どう考えても今度はあの衝撃の比ではない。普通に死ぬ気がする。


「んー 昨年、このメンバーで優勝しちゃったから絶対マークされてるわよね~」


 赤色さんがさらりと優勝した事を言ってのけたが、このメンバーならあまり驚く事でもないと僕は学習している。衣良羅義さんはひとしきり首をひねった後、頷いた。


「よし、こうしよう。うむ、完了した。東雲君、自分のレベルを再確認してくれ」


 こうしたやりとりにも慣れてきた。衣良羅義さんの思考、それの伴う行動はとてつもなく早い。僕は自分のDOOMOのレベルを再確認した。


「え? 五百……?」


 確認するように僕は口に出して言う。


「うむ。東雲君のDOOMOのアカウント情報を書き換えさせてもらった」

「え~! ずっこい! そんな事していいの京介?」


 当然の疑問を赤色さんは口にする。


「LV五百以上が今回の大会の最低ラインだ。しょうがあるまい。それにこの程度なら戦局に及ぼす影響は最低限に抑えられる。うむ、これにて一件落着だな」


 なんて余計な事をと思わずにいられない。このままだと出場する権利すらなかったのだ。

 少し困った顔をして天継さんが言う。


「衣良羅義君? 今回はしょうがないけど、ほどほどにしないと捕まるかしら?」


 ランドちゃんがじと目で衣良羅義さんを睨み付けている。


「この変態チート野郎がなのです」

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