第20話 東雲! 東雲! お相撲さんなのです!
入り口から校舎までそれなりのスペースが元からあった。サークル参加者がすでに各ブースへの案内を開始している。数ある中から目にとまった物は……
「ふおおおおおおおおおおおおお! 東雲! 東雲! お相撲さんなのです! お相撲さんなのですよ!」
こんなにテンションの高いランドちゃんを見るのは初めてだ。白い肌に頬を紅潮させ興奮する様子を隠そうともしない。ランドちゃんが時折見せる氷のようなクールさはコミケ会場の入り口で待っている間に完全に溶かされたようだ。手を捕まれたと思ったら僕はそのままの勢いで引きずって行かれた。ああ、両足が地に着かないで引っ張られるって漫画だけの表現じゃ無かったんだと僕は感心する。数々のブースへの勧誘者やコスプレイヤーをすり抜けて僕達は相撲取りのコスプレをしている二人の男性の元に到着する。
「ふおおおおおおおおおおおおお! 東雲! 東雲! お相撲さんなのです! お相撲さんなのですよおおおお!」
今さっき聞いたような台詞を復唱する。目の前にはまわしを着けた二人の力士のコスプレイヤーがいた。それなりに身体は大きく太っていてさまにはなっている気がする。
「ふぉおおおおおおお……その巨体を覆う肉は筋肉では無くただのぶよぶよの脂肪! でも許すのです! そのちょんまげはただのカツラ! でも許すのです! その廻しは3Dプリンターで作った紛い物! でも許すのです! 許すのですよおおお!」
「ふふふ、お嬢さん、お褒めにあずかり恐縮至極でゴワス!」
「ふふふ、お嬢さん、このたくましい腕にぶら下がってもいいでドスコイ?」
なんだその語尾は。全力で相撲取りに謝って欲しい。
可愛い女の子が紛い物の汗だくのデブの相撲取りコスプレイヤーの腕でぶら下がる。そのさまは道ばたでみたら通報されるレベルだろう。だが、らんどちゃんはものすごく楽しそうで、未だかつて無い笑顔を見せて腕にぶら下がっている。
何故か僕は少し気分を害したらしい。表情に出てしまったのだろう。
「なに、つまらなそうな顔をしているのですか東雲。私は相撲取りのブースに先に行ってくるのですよ」
疾風のようにランドちゃんはこの場を駆け去ってしまった。
「ああ……もう言ってしまったでゴワス」
「もうすぐ、本物の相撲取りが来るというのに伝え損なったでドスコイ」
全力で相撲取りに謝って欲しい。
……え? 本物の相撲取りが来る?
僕は少し興味がわいた。
「それって本当ですか?」
「本当でゴワス! 我々のようなただのデブのコスプレイヤーでは無く、第四次世界大戦を生き残った本当の相撲取りでゴワス!」
しまった! 僕の知っている相撲取りとは多分違う人種の人が来る。そう悟り僕はこの場を立ち去ろうとした……
「お! 来たでゴワス! おーい! こっちでゴワスよー!」
遅かったようだ。僕はコスプレ相撲取りが呼びかける方に視線を向けた。
……なんだこれは……?
白い女性の顔を表現した能面をつけている。能面の表情自体は笑みを表現していたが、目の所はくりぬいてあり、その奥底から鋭い眼光がのぞき見える。だが、異様な部分はそこだけじゃ無い。明らかに今いる二人のコスプレとは違い全身が脂肪では無く分厚い筋肉の鎧で覆われている。以前、甲冑を着て巨大な剣を軽々と振り回した男を思い出した。SIMシステムが警告するほどの筋肉量を持った男だった。が、眼前にいるそれは筋肉の総量で明らかにそれを凌駕していた。SIMシステムが警告を発しないのは対象が以前と違い敵対行為をしていないからだ。巨体に能面に廻し。その組み合わせはコスプレとかそんな物じゃ無い。それがあるべく姿として僕にものすごい威圧感を与えてくる。
鋭い眼光でを金縛りのように動けなくしつづけた能面の男は、しばらくして両手で相づちをぽんと打つ。どこからか取り出したかわからない正方形の紙にさらさらっとマジックペンで何かを書いた後、僕に差し出してきた。
「大関
能面の男は頷く。
あ、そうか、サインもらったんだ僕。
「ほっほーう! 磁雷関からいきなりサインとは羨ましいでゴワス!」
「よかったでドスコイ!」
能面の男、磁雷進さんは顔は見えないが、なんだかうれしそうな雰囲気を醸し出して、三人で和気藹々と笑いはじめた。僕は軽く会釈してそそくさとその場を去る事が出来たのでほっとした。
周りを見渡すといつの間にか、だいぶ賑やかになってきた。コスプレイヤーも幅広くどこかでみたようなアニメや特撮キャラからよくわからないネタの物まで多数、それを見て回る来場者も老若男女多種多様にわたっている。僕はコミケのカタログを広げた。SIMカードに入れてしまえばいいと思ったのだが、作成者の衣良羅義さんがえらく気合いを入れて作成したらしく、これが入場時の認証システムも担っているらしい。幸い邪魔にならない程度に薄く作られていた。
「ん~ どこいこ」
ランドちゃんは相撲ブースにいったのだろう。カタログを見ると木造の旧校舎だ。まずはそちらに行ってみることにした。
三階建ての木造の校舎はそれなりの年期があり、足を踏む場所によっては木がしなる独特の音がする。よく言えば情緒があり悪く言えばかなりぼろい。太陽の光を優しく反射する木々に包まれながら静けさをともなった風が頬をなでる。この校舎を僕は気に入っていた。そう、気に入っていたのだが……
「はよう! 次、頼むわ! もっぺん頼むわあああああ!!!」
大柄な男の声が響き渡る。何時もの静けさはどこへやら。お気に入りの店に足を運んだら立ち退きの看板が立っていたかのような気分だ。しかし、一人や二人じゃ無い。ブースと化した教室の前にかなりの人数が列を作っている。
よく見るとあの大柄な男、初日に僕をはっ倒してきたやつだ。カタログに目を向け、何のブースか確認する。
「究極の酒、至高の酒……なんだこれ」
酒と聞いてなんだかいやな予感しかしない。回れ右をしてもよかったのだが、やはり気になり列の外からブースの窓を覗き込んだ。
明るい表情で両手に酒瓶を抱え、活き活きとお酒の説明をしていた百目鬼さんがいた。誰だお前。
目が合ってしまった。こちらに気がついた百目鬼さんは「ちょっと失礼」といいながら教室から出てきた。
「東雲様。いらっしゃったのですね」
妖艶な笑み。あ、これは……。僕の手を引っ張って教室、いやブース内へ引きずり込む。間違いない。酔っ払った状態の百目鬼さんだ。ブース内は本当に昔の学校の雰囲気のままだ。黒板に隅っこにやられた木造の勉強机。ついでに、売り場と客の境目も勉強机で作られている。このブースはどうやら百目鬼さん一人で運営しているらしい。
「口惜しゅうございます。東雲様の初めてのお酒が日本酒などと汚れた物なんて。こちらを是非、ご笑味くださいませ」
百目鬼さんは大きな樽についている蛇口をひねる。ゆっくりと透明な液体が流れ、陶磁器のような高そうなコップに注がれる。それを僕に差し出した。
まわりからブーイングが出る。
「おいおい、兄ちゃん、横から割り込んでいきなりそれはないでー」
なんで、柄の悪いおっさんばっかり何だこのブース。
百目鬼さんは確かにほほえんだ。雰囲気ががらりと変わる。ブースにいる客を一目見る。それだけで防音室に入れられてしまったかのように静けさが訪れた。……この状態の百目鬼さんはやはり凄く怖い。
「さ、どうぞ。乙類の芋焼酎ですわ」
周りから注目される。断れる雰囲気ではない。僕は思いきってぐいっと飲んだ。
え? 何これ。すっと口の中がやさしいが芳醇な味で満たされる。一息つくと鼻腔をこれまた心地いい香りが満たされた。
「え、凄く美味しい」
百目鬼さんはもう一度ほほえんだ。僕はまじまじとその顔を見てしまった。
「東雲様? これで何の酒が一番かお解りになりましたでしょう?」
頷きたかったが、頷くと後で他のメンバーから何をされるかわからない。そんな僕の心境はお見通しだったようだ。百目鬼さんが耳打ちしてくる。アルコールの混じった吐息がいろいろとくすぐったい。
「東雲様……遠慮なさること無いですのに。そもそも、偽物のお酒がこの焼酎に勝てるわけありませんわ」
……え?
「どういうことですか?」
「この百目鬼、受け継いでいるのは鍛冶屋の技術だけではありません。昔からの焼酎の造り方も受け継いでおりますの。ここにあるのはすべて私が作成した本当のお酒ですわ」
「それって凄いことじゃないんですか?」
今ではすっかりお酒を作る技術や場所も失われ、コストの面からも生産が難しいことを教わった。だが、百目鬼さんは本当のお酒を造っているというのだ。
「このような都会では手に入りませんが、辺境の土地に行くとお目にかかれますの。比較的作ることが容易などぶろくなどはありますわ。でも、何百年もの技術を継承しているのは私の焼酎ぐらいかと。そのうち焼酎を世界唯一酒にしてみせます。その時はご協力くださいね」
最後にもう一度にこりと微笑んだ。もしかして百目鬼さんが一番の野心家じゃないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます